モータースポーツとの出会い

 

1990年5月、高校生だった私が図書室で何気無く手に取った雑誌『Number』。

そこにはF1の特集記事が掲載されていました。

当時活躍していたレーシングドライバーやコンストラクターの紹介、ポイントランキングなど、今考えてみると内容はごく一般的なものでしたが、そのF1の世界には究極の世界で闘う泥臭い人間関係新しい技術への挑戦世界の超一流企業からのサポート獲得の闘いなど、様々なものが見えてきて、10ページにも満たない特集ページを何度も読み返したことが記憶に残っています。

その記事を読んだ週末に開催されたF1モナコグランプリ。

スターティンググリッドでは世界のセレブやハリウッドスターが闊歩し、その姿をモナコ王国のレーニエ大公がロイヤルボックスから見守ります。

私は完全に映画の中の世界に見えていました。

その時録画したVHSビデオは、その後数十回と再生されることとなりました。

F1のテレビ中継は地上波からBSその後CSに移行していきましたが、1990年その日観たモナコグランプリから現在に至るまで一戦も欠かさず観戦することになるのでした。

サーキット観戦での衝撃

1996年夏、近所の居酒屋で会社の先輩達と呑んでいた夜、先輩が

「明日富士スピードウェイで行われるフォーミュラニッポンを観戦する」

との言葉が。

それまで私はテレビでのモータースポーツ観戦のみ、サーキットでのレース観戦は経験ありませんでした。

即座に先輩へ、

「一緒に連れて行ってください!」

とお願いし、私のサーキット観戦デビューが急遽決まりました。

 

初めてのサーキット、グランドスタンドに足を踏み入れたときの衝撃は今でも鮮明に覚えています。

グランドスタンドに座ると、ピットでは当時のトップチームナカジマレーシングのガレージ、そしてテレビでしか観ることのできなかった憧れの中嶋悟監督がそこに居ました。

スタート前ダミーグリッドには、まだ現役だった伝説のレーサー星野一義選手がファンサービスでスタンドにタオルを投げ入れます。

やがてグリーンシグナルとともに、それまでの人生で聴いたことのない爆音が一気にサーキット中を巡ります。

マシンが駆け抜けると、余韻に浸るのと同時に焼けたオイルの匂い、擦れたタイヤの匂い・・・。

初めて行ったサーキットは、それまでのテレビで観るモータースポーツとは別世界で、終始感動のあまり鳥肌が立っていたことを記憶しています。

 

そしてこの日から、50回以上のサーキット観戦をすることになるのでした。

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2017年からはモータースポーツ観戦の度に記事を書いています

モータースポーツ観戦記

新たな感動F1観戦

その後国内レースは観戦してきましたが、世界最高峰のモータースポーツであるF1は、一度も生で観たことがありませんでした。

転機は2001年、めずらしく土曜の仕事が休みだったこともあり、この年初めてF1観戦に出かけました。

2001年は日本人ドライバーが出場しない年でしたが、まだまだ今と違い多くの観客が鈴鹿サーキットに訪れていました。

 

生のF1を初めて観たのはシケインから立ち上がる最終コーナー、眼下に見えたのは当時テールエンダーのミナルディ、その後F1チャンピオンに輝くフェルナンド・アロンソ選手のマシンでした。

それまでテレビではすっかり見慣れていたF1でしたが、生F1のマシンはピカピカに磨かれて輝きを放ち、エンジン音は他のカテゴリーでは考えられないほどの異次元の高回転から、化け物みたいに唸り狂っていました。

これが究極のレーシングマシンか!

その後F1観戦にどっぷりと浸かり、2009年まで鈴鹿サーキットで行われた日本グランプリに毎年観戦に出かけました。
※なぜか、2007年・2008年に地元富士スピードウェイで行われた日本グランプリには行っていない

私のF1観戦時期は佐藤琢磨選手のF1参戦と重なっており、まさに琢磨選手を応援しに行っていたと言っても過言ありません。

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初めて観に行ったF1の感動はこちらの記事で詳しく書いています

初めてF1日本グランプリに行った時の話 テレビでは味わえない感動の連続!

2018年よりF1観戦を再開しました

2018年F1日本グランプリ観戦記

2019年F1日本グランプリ観戦記

ル・マンのレーシングマシンが日本で走る!

F1は2009年まで訪れていましたが、佐藤琢磨選手が引退しホンダやトヨタも撤退してしまったため、その年を最後にF1観戦に行かなくなってしまいました。

その後、スーパーGTやフォーミュラニッポンなどの国内レースも年間1〜2戦ほどしか行かなくなりました。

そんな矢先、ル・マン24時間耐久レースを走るLMPカーが世界耐久選手権(以下WEC)というシリーズになり世界中を転戦しトヨタが参戦、富士スピードウェイで日本ラウンドを開催するという記事を読みました。

かねてよりF1と並びル・マン24時間のテレビ中継は毎年視聴してきた私にとって、ル・マンを走るLMPマシンを日本で見られるというニュースはこの上ない喜びでした。

早々にチケットを購入し2012年11月18日に念願のWECを観戦。

プロトタイプマシンの流麗なフォルムを観て、あらためてF1とは違うカッコ良さに惹かれてしまいました。

またそれにも増して驚いたのがエキゾーストノートでした。

サーキット観戦は前述のとおり、その化け物のような非日常の爆音を聴くことが楽しみのひとつですが、F1はがんじがらめのレギュレーションの中でどのマシンも同じ音ですが、WECはNAにターボ、ディーゼルにハイブリッドと、様々な音色をサーキットに響かせ、最高のレース観戦でした。

 

この年より現在に至るまで、欠かさず富士スピードウェイのWECを観戦しています。

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2017年からWEC観戦の後には必ず記事を書いています

2017年WEC富士観戦記

2018年WEC富士観戦記

2019年WEC富士観戦記

本格的にモータースポーツ撮影にハマる

WECの日本上陸は本当に心待ちにしていました。

そこで何かその記録を残したいと思い、最新のデジタル一眼レフカメラの購入を決断しました。

それまでもフィルム一眼レフカメラは所持していましたが、サーキットに持ち込むのは稀でメインはグランドスタンドでの観戦でした。

デジタル一眼レフの良いところは失敗ができること。

何枚も撮影することにより、素人でも数十枚に一枚はそれなりに良い写真が撮影でき、『次はシャッタースピードをもっと落としてみよう』とか、『次は違うコーナーで撮影してみよう』などと考えることにより、この頃から次第にサーキットが観戦の場所から撮影の場所に変化していきました。

それとともにカメラや望遠レンズがグレードアップし周辺機材も増えていき、同時にサーキットへ足を運ぶ機会も増えていきました。

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長年モータースポーツ撮影をしてきた知識とノウハウを数本の記事にまとめています

モータースポーツ撮影術

ブログを書くきっかけは

ブログを始めて書いたのは2015年のことでした。

2015年のWECは、前座レースでアウディR8のワンメイクレースが行われたのですが、そのレースに出場していたひとりが福田良選手でした。

「フランスF3でチャンピオンになり、BARホンダのテストドライバーにまでなった福田良選手が、なぜアジアの小規模なワンメイクレースに参戦しているのだろう?」

そんな疑問とともに、福田良選手がアウディワンメイクレースに出場するただの日本人ドライバーではなく、F1テストドライバーにまで上り詰めた超一流レーシングドライバーなのだ、ということを発信したくなり、ブログを書いてみました。

しかしそれまで文章を書き慣れていなかった私は、その後1記事だけ書いただけでブログをやめてしまいました。

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2015年10月、私の初めてのブログ記事です

富士スピードウェイWEC前座レースに出場した福田良選手のお話し

モータースポーツの魅力をひとりでも多くの方に伝えたい・・・

人生も折り返しに差し掛かると、自分のしてきたことを若い人たちに伝え残したい、と思うものでしょう。

私が一番好きなこと、モータースポーツ。

そう、モータースポーツの素晴しさをあらためて日本に広めよう!

もちろんテレビや雑誌など様々なメディアでモータースポーツは多く取り上げられ、川井一仁氏や米家峰起氏など発信力のあるモータースポーツジャーナリストが、多くのファンに有益な情報を送っています。

では私には何ができるのか・・・。

あくまでもファンの目線で、モータースポーツを観客の目線で観ることで、モータースポーツジャーナリストとは違った角度から発信できると思っています。

様々なサーキットのファンゾーンの見どころや、各コーナーでの観戦ポイントや撮影ポイントなどを豊富な写真とともに紹介したり、モーターショーなどの様々なクルマのイベントをモータースポーツファン目線で紹介したり、ミニカーなどモータースポーツ関連グッズの紹介もします。

時には私のモータースポーツ観戦には欠かせないカメラ関連の記事も書いています。

 

私のブログの基本方針はズバリ、

モータースポーツの素晴らしさを一人でも多くの方に伝えたい!

この気持ちを忘れずに今後も日々ブログを書いていきたいと思います。