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フェラーリF2004 シューマッハ最後のチャンピオンマシン【ミニカー#13】

モータースポーツ中毒者のぴぴと申します。

ミニカーを実車のように撮影し、そのマシンの思い出を書き綴るこのコーナー、今回はF1史上最も成功したドライバーのひとり、ミハエル・シューマッハが最後にチャンピオンを獲得したマシン、フェラーリF2004を取り上げてみたいと思います。

皇帝シューマッハ7度目のチャンピオンマシン

フェラーリF2004

当時のフェラーリは他のマシンを寄せつけないくらいに強く、2000年から2004年に皇帝ミハエル・シューマッハがドライバーズチャンピオン5連覇(自身7度目)の偉業を達成しましたが、2004年のフェラーリマシンF2004はシューマッハ最後のチャンピオンマシン、ラストエンペラーマシン!?でした。

向かって左BARホンダが躍進した年だった

ジェンソン・バトンと佐藤琢磨(まだ現役バリバリのふたり・・・ 日本に所縁のある凄いラインナップだ)駆るBARホンダと、翌年のチャンピオン、フェルナンド・アロンソのルノーが躍進したのがこの年でした。

とはいっても、前年フェラーリに善戦したウィリアムズとマクラーレンのマシンの出来がイマイチで、まるで2台のフェラーリだけ別クラス、フェラーリクラスとF1クラスみたいな感じ。

勝率でいえば現在のメルセデスのような感じですが、現在のF1シーンはコース特性によってはフェラーリやレッドブルが肉薄するレースも見られますが、当時のフェラーリはどのサーキットでも他チームを圧倒的に引き離す、まさに独走状態でしたね。

2004年はBARホンダの佐藤琢磨がF1で大活躍した年でしたが、フェラーリにマシントラブルがなければワンツーフィニッシュは決まり、私にとっては3位に佐藤琢磨が入れるかが最大の注目点でした。

そんな中、アメリカグランプリで表彰台に上がった時は本当に嬉しかった!

ロリーバーン最後のF1マシン

チーフデザイナーは、当時エイドリアン・ニューウェイと並び称されていたロリー・バーンが担当。

F2004は、ロリー・バーンが本格的にデザインした最後のF1マシン※になりました。

※ 2005年からはチーフデザイナーの肩書きは残しながら、実質的な指揮はアルド・コスタが行なっており、2006年から2009年までアドバイザーとしてフェラーリに在籍した。

モデルは前半戦仕様のためチムニーダクトは確認できない

前年型F2003GAの正常進化型と言えるこのF2004ですが、デザイン面での特徴といえば前年マクラーレンで採用されたチムニーダクトを第6戦モナコグランプリ以降に装備したことでしょうか。

マシン後部が絞り込まれるようになり排熱効率が下がったため、排熱効率を稼ぐために装着されました。

ただモデルは前半戦仕様のため、チムニーダクトではなくルーバーで排熱しています。

インダクションポッド上にウイングが装着された

あと立派なトップウイング(ミッドウイング)が装着されているのが目につきますね。

この頃からボディ周辺に様々な空力装置が付けられましたが、2009年に禁止されました。

ちなみに2017年のレギュレーション変更で、トップウイングに似たT-ウイングなる空力装置が流行っていますね。

モデルでもシングルキールをなんとか再現

当時流行ったもののひとつとして、ツインキールがありましたね。

ツインキールとはフロントロワアームの前、マシン側付け根部分をモノコック裏面のセンターから出すのではなくにして、モノコックサイド面から下にステーを伸ばしてそこからフロントサスペンションロワアームを取り付ける手法です。

・・・説明が下手ですみません。

フロントから入った空気をマシン下部に流れやすくするという考え方ですが、フェラーリは採用せず最後まで従来のシングルキールを突き通しました。

実車のように撮る

それではいつものように、1/43のミニカーを実車のように撮影してみたいと思います。

まずはマシンの全容を見てみましょう。

フロント正面から。

前年のF2003GAに比べてフロントノーズが少し持ち上がった形状に。

リヤ正面。

マシンサイドから。

インダクションポッドはこの年よりレギュレーションで面積が広げられました。

マルボロステッカーは私が貼りました。

マルボロマークがあるとF2004のかっこよさが俄然増しますね。

今回の撮影からライティングを強化してみました。

光りと影の感じがなかなか良くないですか?

フェラーリに次ぐコンストラクターズ2位になったBARホンダ。

フェラーリの独走レースばかりで、躍進のBARホンダもライバルにはなり得ませんでした。

翌年ダブルチャンピオンになるルノーとともに。

出ました!フェラーリF2003GAを完コピしたザウバーC23。

こちらは実質セカンドチームだったザウバーだが、この2年後フェラーリの元を離れBMWザウバーに。

しかし2018年、再びフェラーリエンジン搭載でセカンドチームとなり、名前もアルファロメオレーシングになります。

ちなみに、長年ザウバーのメインスポンサーをつとめたレッドブルは、この年限りでザウバーのサポートをやめ、レッドブルレーシングとして参戦しました。

サーキットでフェラーリF2004を撮る!

それではサーキットに持ち込んでみましょう。

ポールポジションの位置からスタートを待つミハエル・シューマッハ。

フェラーリF2004はこのポジションが一番似合います。

セカンドグリッドにはBARホンダの佐藤琢磨。

ニュルブルクリンクで行われたヨーロッパグランプリで、佐藤琢磨がミハエル・シューマッハに次ぐ予選2番手を獲得しました。(ちょうど写真の感じ)

あの予選も生で見ていましたが、日本人初のポールポジションか!?と、興奮したのを覚えています。

2番手グリットにルノー。

ルノーもこの年からメキメキと実力を上げてきて、翌年はフェラーリを下しダブルタイトルを獲得します。

以上、フェラーリF2004を実車のように撮ってみました。

登場ミニカー

フェラーリ F2004 #1 ミハエル・シューマッハ

アメリカのマテル製ミニカーですが、現在は絶版です。

所有し十数年が経過しましたが、現在でもボディの艶が失われず、デカールも劣化していません。

さすが!

BAR 006 #10 佐藤琢磨

ドイツのミニチャンプス製です。

購入当時の出来はマテルに優っていましたが、十数年経過するとボディの艶が失われ、デカールが黄色に変色してしまいました。

ルノー R24 #7 ヤルノ・トゥルーリ

デアゴスティーニのF1マシンコレクションvol.52、ixo製です。

本当はこの年躍進したフェルナンド・アロンソのマシンを用意したかったのですが、諸事情からトゥルーリ号になりました。

ザウバー C23 #11 フェリペ・マッサ

デアゴスティーニのF1マシンコレクションvol.60、同じくixo製です。

最後に

フェラーリは翌年、F2005の開発が遅れたため、F2004をマイナーチェンジしF2004Mとして開幕2戦を走らせ役割を終えました。

素性の良かったF2004はその後、MotoGPで活躍していたバレンティーノ・ロッシのテストカー使われたり、モータースポーツ国別対抗戦、A1グランプリのベーツ車両となったのを覚えています。

フェラーリが歴史上最も強かった時代の、最後のそしてフェラーリ史上最強のマシンでした。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。