こんにちは、モータースポーツ中毒者のぴぴです。
ザックリ見出し
目を引く極彩色マシン
久々のミニカーコレクション、今回はベネトンB190を取り上げたいと思います。
ベネトンといえばイタリアのアパレルブランドですが、1986年から2001年にかけてF1に参戦し、その長い間4強の一角を占め、1994年・1995年にはミハエルシューマッハがドライバーズタイトルを奪取した強豪チームでした。
またこのベネトン、速いだけでなくアパレルブランドがオーナーを務めるチームだけあり、特に参戦初期の頃は目を引くカラーリングも特徴のひとつでした。
今回取り上げるB190も参戦5年目の1990年にF1グランプリを駆け抜けたマシンで、カラフルな色使いが特徴的な一台です。
ちなみに翌年1991年以降はタバコマネー(CAMELその後MILD SEVEN)がスポンサードするようになり、ベネトンらしいカラフルな色使いが残念ながら消えていきます。
そんなことでB190は、『最後のイタリアンアパレルブランドであるベネトンらしいF1マシン』と言っても良いかもしれませんね。
またこのB190のトピックといえば、ネルソンピケが日本GP・オーストラリアGPの最終2戦を2連勝したことでも記憶に残っていますよね。
他のライバルチームがマルチシリンダーで甲高い音色を奏でる中、大ベテランネルソンピケが3.5LV型8気筒の重低音を響かせて巧みにレースをまとめ上げるチカラは流石だと、若かりしワタクシぴぴも感心していました。
ミニカー紹介
今回撮影に登場するミニカーは以下になります。
ベネトンB190 #20 ネルソンピケ
デアゴスティーニより発売されている『F1マシンコレクション』の第40号で、『IXO』製になります。
マクラーレンMP4/5B #27 アイルトンセナ
同じくデアゴスティーニの『F1マシンコレクション』の第25号、『IXO』製です。
フェラーリ641/2 #1 アランプロスト
F1マシンコレクションvol.2で特集した『MATEL』製です。
撮影
それでは1/43のベネトンB190を撮影していきます。
今回もテーマは『実写のように撮る!』です。
フロントサスはプッシュロッドを採用したことによりノーズは王蟲のクチバシのようです。
デザイナーのロリーバーンが移籍し、新たに加入のジョンバーナードが手直しをし、オーソドックスなデザインに。
前年B189はサイドポンツーン上にあったエアインテークですが、B190はオーソドックスなドライバー上部へ変更。
タイヤがテカっていてミニカーっぽさを感じさせてしまってます・・・。
ちなみに絞り開放だとスケール感が出てしまい、ご覧のとおりミニカーっぽさが全開になってしまいます。
よって、実車に近づけるために絞りは最大で撮影しています。
1990年のF1グランプリを戦った、マクラーレンのセナ・フェラーリのプロストとともに。
予選での一発の速さは無かったB190ですが、せっかくなのでポールポジションの位置に。
日本のオートポリスがベネトンを大々的にスポンサード。
その後の転落を見てきただけに、今また国内の主要レースが開催されていることを嬉しく思います。
最後に
ベネトンは翌年、メインスポンサーとしてR.J.レイノルズタバコカンパニーのキャメルが付きイエローが主体のオーソドックスなマシンカラーになり、ドライバーはミハエルシューマッハをジョーダンより引き抜き、チーム体制を強化していきます。
そして1994年、メインスポンサーが日本たばこ産業に変わり、マイルドセブンの水色のカラーリングで念願だったドライバーズチャンピオンを獲得、翌1995年はドラーバーズチャンピオンに加えコンストラクターズチャンピオンも獲得、名実ともにチャンピオンチームへと生まれ変わりました。
しかし強さと引き換えにマシンカラーなど、遊び心が消え失せていきました。
1990年のベネトンB190は、F1がまだ遊び心が残っていた最後の時代に登場した、個性ある色彩が特徴のマシンでした。
久々のミニカー撮影でしたが、実写のように撮れていた写真はあったでしょうか?
いつもは流し撮りがメインのワタクシぴぴですが、今回はカメラに装着する一脚は三脚に付け替え、絞り値は最大にし、慣れない長時間露光の撮影で悪戦苦闘でした。
まだまだ・・・ですね!
エンジンは左からV10・V8・V12、デザインも色彩も千差万別、まだまだ個性があった時代でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ミニカー記事一覧は下のボタンをクリック
コメントを残す