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かつてスーパーGT・JGTCを開催したことがある6つのサーキット

現在スーパーGTは富士スピードウェイ、鈴鹿サーキット、モビリティリゾートもてぎ(旧ツインリクもでぎ)、岡山国際サーキット、オートポリス、スポーツランドSUGOの国内6つのサーキットで開催されている。

それに加えてコロナ前まではタイのチャーンインターナショナルサーキットでも行われており、コロナが明けたらふたたび再開されるだろう。

その7つのサーキットの他にスーパーGTやその前身の全日本GT選手権が行われたサーキットはあったのか?

じつはノンタイトル戦を含めて、国内で4つ、海外で2つのサーキットが過去に開催された実績がある。

ということで今回は、そのスーパーGTと全日本GT選手権を過去に開催したことがある6つのサーキットを紹介してみよう。

仙台ハイランドレースウェイ

出典:https://www.as-web.jp/

開催回数5回(1994-1998)

年度別優勝データ(GT500)

名称Rd.ドライバーチームマシンタイヤ
JGTC19942長谷見昌弘ハセミGT-RB
JGTC19953関谷正徳
M・クルム
トムススープラB
JGTC19963E・コマス
竹内浩典
セルモスープラB
JGTC19973M・クルム
P・デ・ラ・ロサ
トムススープラB
JGTC19983E・コマス
影山正美
ニスモGT-RB

仙台ハイランドレースウェイは宮城県仙台市青葉区にかつてあったサーキットで、コースは山岳地を開発しため高低差があり、日本の一般的なサーキットと比べると路面ミューが低いのが特徴であった。

全日本GT選手権初年度の1994年からシリーズに組み込まれており、開催時期は6月の中旬から下旬で第3戦に開催(1994年のみ第2戦)されることが多かった。

当時もスポーツランドSUGOでもGTが開催されており、仙台市内で2度もシリーズ戦が行われていた。

しかしスポーツランドSUGOと比べると設備が劣る仙台ハイランドレースウェイは徐々に大規模イベントが開催されなくなり、全日本GT選手権も1998年を最後にシリーズ戦が終了し東北での開催はスポーツランドSUGOに一本化された。

その後仙台ハイランドレースウェイは2011年3月の東北大震災や2012年の爆弾低気圧の影響で施設に甚大な被害を受けたことも影響し、2014年9月にサーキットとしての営業を終了。

現在は下記の空撮のとおり、メガソーラー施設が建設されている。

MINEサーキット

2002年MINE最後のJGTC
出典:https://supergt.net/

開催回数9回(1994-2002)

年度別優勝データ(GT500)

名称Rd.ドライバーチームマシンタイヤ
JGTC19945太田哲也
O・ララウリ
タイサンF40Y
JGTC19956松田秀士
鈴木恵一
タイサン911 GT2B
JGTC19966服部尚貴
R・シューマッハ
F1GTRB
JGTC19975M・クルム
P・デ・ラ・ロサ
トムススープラB
JGTC19986高橋国光
飯田章
クニミツNSXB
JGTC19994E・コマス
本山哲
ニスモGT-RB
JGTC20006星野一義
本山哲
インパルGT-RB
JGTC20017岡田秀樹
A・クート
テイクワンF1GTRB
JGTC20027道上龍
伊藤大輔
無限NSXB

鈴鹿サーキット、富士スピードウェイ、筑波サーキット、中山サーキットに続く、国内で5番目に開業した山口県のMINEサーキット(開業時=厚保サーキット→西日本サーキット)もかつては全日本GT選手権が行われていた。

開催期間は全日本GT選手権がはじまった1994年から2002年。

短いコース延長と短いストレートをヘアピンやシケインで繋いだコースレイアウトのMINEサーキットは、『何かが起こる美祢』と呼ばれるように波乱が多く、事実GT500(GT1)クラスでは9回の開催で本山哲選手の2回以外すべて優勝ドライバーが違っている。

そんな波乱のレースが多くファンにも愛されたMINEサーキットでの全日本GT選手権だったが、2002年に運営会社が民事再生手続きへ入り、その年を最後に全日本GT選手権の開催が終了し、翌年からは大分のオートポリスに開催が引き継がれた。

MINEサーキットは2006年に閉鎖し、現在はマツダの美祢自動車試験場となっている。

セパンインターナショナルサーキット

セパン初開催の2002年のレース
出典:https://supergt.net/

開催回数13回(2000-2001のSPL戦含む)(2000-2013)

年度別優勝データ(GT500)

名称Rd.ドライバーチームマシンタイヤ
JGTC2000SPL片山右京
M.クルム
ニスモGT-RB
JGTC2001SPL脇阪寿一
野田英樹
ルマンスープラB
JGTC20024松田次生
R・ファーマン
ナカジマNSXB
JGTC20043J・デュフォア
A・クート
サードスープラB
SGT20053本山哲
R.ライアン
ニスモフェアレディZB
SGT20064伊藤大輔
R.ファーマン
ARTANSXB
SGT20074荒聖治
J.P.デ・オリベイラ
KONDOフェアレディZY
SGT20084荒聖治
J.P.デ・オリベイラ
KONDOGT-RY
SGT20094安田裕信
R.クインタレッリ
ハセミGT-RM
SGT20104松田次生
R.クインタレッリ
インパルGT-RB
SGT20113小暮卓史
L.デュバル
童夢HSV-010B
SGT20123小暮卓史
C.ヴァン・ダム
童夢HSV-010B
SGT20133松田次生
J.P.デ・オリベイラ
インパルGT-RB

F1でもおなじみのマレーシアにあるセパンインターナショナルサーキットも、かつては全日本GT選手権やその後のスーパーGTを開催していた。

2000年10月に全日本GT選手権初の海外レースとしてスペシャルラウンド(ノンタイトルレース)として開催し、翌年も同様の形式で実施される。

そして2002年からは初の海外戦としてシリーズの1戦に組み込まれ、決勝では約4.3万人もの観客を動員した。

結局2013年までシリーズ戦としては11年連続で開催され、最終年には週末トータルで10.8万人の入場者があったという。

そんなセパンでのレースは現在でも復活を希望しているファンも多く、その声もあってかGTAは2020年からの3年契約を結ぶが、コロナウイルスの影響で中止に。

きっと近い将来、またこの素晴らしいサーキットでレースが開催されることだろう。

次のページでは、過去に全日本GT選手権を開催した残り3つのサーキットを紹介します!

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奥が深いモータースポーツ撮影の世界
MOTORSPORT撮影術

モータースポーツ撮影歴18年。腕に覚えは全く無いが、知識だけは豊富なワタクシぴぴが、レース撮影について偉そうに解説します。




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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。