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フォードのF1復帰を祝しフォードF1史を辿る

2023年2月3日にレッドブルが2023年型マシン、レッドブルRB19を発表しましたが、その席でフォードが2026年からレッドブルと組んでF1に復帰することも同時に発表されました。

レッドブルといえば2019年からホンダと組んでチャンピオンを獲得した日本とゆかりの深いチーム。

2021年を最後にホンダがF1から撤退した後も、ホンダ製パワーユニットを引き継ぎ使用していましたが、このたび2025年を最後に決別することも決定しました。

日本人としては残念ですが、フォードといえばF1の歴史に深く関わってきたフォードが2005年以来F1に復帰するということで、フォードのエンジンが活躍していた1990年代を知る私的にはかなり嬉しい。

そこで今回はフォードのF1史についてあらためて調べてみました。

F1史に燦然と輝く名機 フォードコスワースDFV誕生

私は1990年から本格的にF1を見るようになりましたが、我らが中嶋悟選手が所属するティレルをはじめ、多くのチームがフォードエンジンを搭載していました。

ただフォードエンジンが大活躍した時代はもっと前。1960年代から1970年代がフォードエンジンの全盛期です。

フォードがF1に参入したのは1967年。かの有名なロータス49にエンジンを供給したのが始まりです。

F1は1967年からレギュレーションを変更し、排気量をそれまでの1.5Lから3.0Lに拡大。それに合わせてロータスのコーリン・チャップマンは新興エンジンメーカーのコスワースにエンジン開発を依頼します。

しかしコスワースは資金難で開発費を捻出してくれるスポンサーを求めていました。そこでロータスと関係のあったフォードに打診をしてフォードが開発費を提供することになり、F1史に燦然と輝くDFVが誕生。そのDFVにはフォードのバッジネームが付けられ、『フォードコスワースDFV』という名称で呼ばれました。

フォードコスワースDFVがグランプリを席巻!

ティレルP34(1977)もフォードコスワースDFVを搭載
2019年鈴鹿サウンドオブエンジンにて

ロータス49に搭載されたフォードコスワースDFVは初戦からポールポジションを獲得。さらに決勝でも勝利をあげ、F1界に新風を巻き起こします。

ロータスはチャンピオンこそ獲得できませんでしたが、4勝を挙げる活躍でフォードコスワースDFVは最初のシーズンを終えます。

望んでいた以上の活躍で喜ぶフォードは1968年からDFVの市販化を開始。1968年にはロータスに加えてマクラーレンやマトラ、1969年にはブラバムなどもフォードコスワースDFVを搭載し、1970年代になると一部のチームを除き、すべてのチームがフォードコスワースDFVを搭載しました。

そんな中フォードコスワースDFVの最大のライバルはフェラーリ12気筒。やや非力だがコンパクトでメンテナンス性に優れるフォードコスワースDFV vs. パワフルなフェラーリエンジンが1970年代の構図でした。

しかしデビューから10年が経過した1970年代後半になるとパワフルなフェラーリエンジンに対して劣勢になることが多くなりました。

グランドエフェクトカーのロータス78(1977)
2018年鈴鹿サウンドオブエンジンにて

そんな中1977年にロータス78で投入したグランドエフェクトカーで、フォードコスワースDFVが息を吹き返します。コンパクトなサイズでマシン後半下部の設計に自由度が生まれ、グランドエフェクト効果を最大限に発揮できたからです。

フォードコスワースDFV時代の終焉

最終型フォードコスワースDFVを搭載するティレル012(1985)
2018年鈴鹿サウンドオブエンジンにて

グランドエフェクトカーの登場でふたたび勝利を積み上げたフォードコスワースDFVでしたが、F1にターボ時代が襲来すると、非力なフォードコスワースDFVは次第に勝利を上げることができなくなります。

1977年にルノーがターボをF1マシンに搭載した時点ではターボラグや信頼性の影響でフォードコスワースDFVの敵ではありませんでしたが、1979年にルノーが初勝利を上げると各チームはその潜在能力に注目します。

そして1980年代に入ると、フェラーリ、BMW、ポルシェ、ホンダと大規模メーカーがターボエンジンを投入し、フォードコスワースDFVユーザーは徐々に減少。

1982年にフォードコスワースDFVユーザーのウィリアムズがチャンピオンを獲得するも、翌年からグランドエフェクトカーが禁止され、完全にフォードコスワースDFVの優位性は失いました。

結局1983年にフォードコスワースDFV(ロングストローク版のDFY)ユーザーのティレルが1勝を上げたのがフォードコスワースDFVシリーズにとって最後の勝利となり、フォードコスワースDFVは1985年中盤にひっそりとグランプリから姿を消しました。

フォードコスワースDFVは1967年の初投入から延べ19シーズンを戦い、155回もの勝利を上げる、F1史に燦然と輝く名機でした。

コスワースがフォード名義でターボエンジンを投入

1986年に入るとコスワースがターボエンジンを投入します。

1986年にハース(現在参戦するのハースとはまったくの別チーム)に搭載されたコスワース製のターボエンジンは、DFVと同じくフォードのバッジネームが与えられます。

そのハースは1986年限りでF1を撤退し、翌年からベネトンがワークス待遇でフォードのV6ターボを搭載。その後ベネトンとフォードは密接な関係を築いていきます。

フォードコスワースDFV由来のDFRを投入

中嶋悟のティレル019(1990)もフォードコスワースDFRを搭載
2019年鈴鹿サウンドオブエンジンにて

F1は1989年からターボエンジンの使用を禁止することになりますが、それを見越してフォードとコスワースは1年前倒しでNAエンジンを投入。

そのエンジンはフォードコスワースDFVをルーツに持つDFR。この1988年はベネトンにDFRを独占供給し、時にターボエンジンを搭載するマクラーレンやフェラーリに迫る速さを見せコンストラクターズ3位になりましたが、勝利を記録することはありませんでした。

翌1989年からはDFVの時と同様にフォードコスワースDFRも市販化。自動車メーカーと契約をしていない多くの中堅チームや下位チームが搭載します。

フォードコスワースDFRは1991年まで使用されて、ハートなど名チューナーにより改良も施されましたが、結局1勝も上げることができませんでした。

次のページでも引き続きフォードF1の歴史について紹介します!

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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。