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スーパーGT・JGTCに参戦した17人の外国人元F1ドライバー

我が国日本でもっとも人気のあるモータースポーツといえばスーパーGTだ。

そのスーパーGTは、世界でもっともラップタイムの速いGTシリーズのひとつとして世界でも認知されており、そのモンスターマシンを操るドライバーの腕が要求される。

そのためスーパーGTとその前身である全日本GT選手権には、過去にF1参戦経験のある名うての外国人ドライバーが多く参戦してきた。

そこで今回は、スーパーGTと全日本GT選手権に参戦した17人の外国人元F1ドライバーを、GTデビュー順に紹介してみたいと思う。

F1参戦より前にGT参戦したドライバーには名前の後に※印を付けている

エリック・コマス

2006年のGT参戦最終年はKONDOレーシングに所属した
画像提供:Mさん
F1参戦GT参戦
1991-19941995-2006

全日本GT選手権の黎明期から、12年にわたり日本のGTで活躍した、最初の元F1ドライバーがエリック・コマスだ。

フランス人のコマスは、同郷のリジェとラルースで4年間F1に参戦し、6度入賞(当時の入賞は6位まで)し7ポイントを稼いだF1でもある程度名の知れたドライバーで、同じフランスのアレジ(Alesi)、ベルナール(Bwrnad)とともにフランスのABCと呼ばれた。

F1から去った翌1995年から全日本GT選手権に参戦し、2006年までのあいだに6勝を挙げ、1998年と1999年に2年連続してシリーズチャンピオンになっている。

ペドロ・デ・ラ・ロサ※

F1参戦GT参戦
1999-2002 2005-2006 2010-20121996-1998

F1で長く活躍したペドロ・デ・ラ・ロサも、全日本GT選手権に参戦した実績があるが、デ・ラ・ロサの場合はF1参戦前に参戦していたため、全日本GT選手権時代は元F1ドライバーという肩書きではない。

1995年に全日本F3に参戦したデ・ラ・ロサは、9戦8勝2位1回という圧倒的な強さでチャンピオンを獲得し、翌1996年に全日本GT選手権とフォーミュラニッポンにステップアップすると、参戦2年目となる1997年には、両カテゴリーでシリーズチャンピオンを獲得している。

1998年にニスモから1戦のみ全日本GT選手権に参戦したのが最後で、1999年からF1にステップアップし、マクラーレンやアロウズ、ジャガーなど、5チームを渡り歩いた。

ベルトラン・ガショー

F1参戦GT参戦
1989-1992 1994-19951996-1997

ベルトラン・ガショーは、オニクスやリアル、コローニなど、F1の下位チームで活躍したのち、1991年にこの年からF1に参戦したジョーダンのシートを射止める。

ジョーダンではマシンの良さもあり、3度の入賞で4ポイントを獲得するも、前年の12月に起こした催涙スプレー事件でジョーダンのシートを喪失(これがミハエル・シューマッハF1デビューのきっかけになった)する。

その後はラルースやパシフィックなど下位チームから参戦した。

全日本GT選手権には1996年の第4戦から翌1997年シーズン終了まで参戦するも、目立った活躍はできなかった。

ラルフ・シューマッハ※

F1参戦GT参戦
1997-20071996

ラルフ・シューマッハも全日本GT選手権に参戦している。

彼はF1に出場する前年の1996年に、兄ミハエル・シューマッハの勧めで来日し、全日本GT選手権に伝説のチーム郷のラークマクラーレンから参戦すると、年間3勝を挙げてシリーズ2位に入っている。

そして翌1997年にジョーダンからF1デビューし、ウィリアムズ、トヨタと渡り歩き、通算で6度の優勝を果たしている。

デビッド・ブラバム

F1参戦GT参戦
1990 19941996

3度のF1チャンピオンであるジャック・ブラバムの三男であるデビッド・ブラバム。

彼は1990年に父親が立ち上げたブラバムチームでF1にデビューし、1994年には新興チームのシムテックから参戦した。

そのデビッド・ブラバムは、F1撤退後の1996年にチーム郷のラークマクラーレンで全日本GT選手権に参戦し、この年にシリーズチャンピオンに輝いている。

ラルフ・ファーマン

ファーマンがチャンピオンを獲得した2007年のARTA NSX-GT
画像提供:Mさん
F1参戦GT参戦
20031997-2000 2002 2005-2010 2012 2013

ラルフ・ファーマンは1997年に来日し、チームTMSのポルシェ911 GT2で全日本GT選手権に参戦を開始する。

翌1998年はニスモで第2戦のみエントリーし、1999年位は三菱FTOでGT300クラスに参戦。

2000年にサードでGT500クラスに復帰すると、2002年にナカジマレーシングに所属すると、翌2003年にジョーダンからF1にデビューし第5戦のスペイングランプリではポイントを獲得した。

そして2004年にARTAから全日本GT選手権に復帰すると、スーパーGTに名称が変わった2007年にはシリーズチャンピオンを獲得し、2013年まで参戦した。

マルコ・アピチェラ

アピチェラが2007年にドライブしたJLOC 88号車
画像提供:Mさん
F1参戦GT参戦
19931997 2001-2007 2009

1989年と1992年に全日本F3000に参戦したマルコ・アピチェラは、1993年の第13戦イタリアグリンプリで、引退したティエリー・ブーツェンの代役として1戦のみF1に参戦している。

その後は全日本F3000に復帰したアピチェラは、1997年の第2戦でニスモから全日本GT選手権初参戦する。

本格参戦は2000年で、ポルシェボクスターに乗りGT300クラスを戦っている。

その後はJLOC、トムスに所属して、2009年の第3戦まで参戦した。

オリビエ・グルイヤール

F1参戦GT参戦
1989-19921997

オリビエ・グルイヤールは1989年にリジェでF1にデビューし、オゼッラ、フォンドメタル、AGS、ティレルと、下位チームを渡り歩き、1992年まで参戦した。

全日本GT選手権には1997年開幕戦にサードから1戦のみ出場し、その鈴鹿のレースで2位に入っている。

ちなみに公式レースではないが、1996年のオールスター戦にもサードから出場している。

GTに参戦した外国人元F1ドライバーはまだまだいます。

次のページでは、F1優勝したあのドライバーや、F1チャンピオンになったあのドライバーも出てきます!

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モータースポーツ撮影歴18年。腕に覚えは全く無いが、知識だけは豊富なワタクシぴぴが、レース撮影について偉そうに解説します。




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ぴぴ
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。 一眼レフデビューは2001年頃、CANON EOS7(フィルム機)。腕に覚えは全くないが、年数だけはそこそこ長い。 【一眼レフ遍歴】 CANON EOS 7 → CANON EOS kiss N → CANON EOS 60D → CANON EOS 7D MarkⅡ → CANON EOS 5D MarkⅣ & SONY α7R Ⅲ 【所有カメラ】 CANON EOS 5D MarkⅣ SONY α7R Ⅲ SONYサイバーショット DSC-RX1R 【所有レンズ】 CANON EF100mm-400mm f/4.5-5.6L IS Ⅱ USM CANON EF70-200mm f/2.8L IS Ⅱ USM CANON EF24mm-70mm f/4L IS USM CANON EF50mm f/1.2L USM CANON EF85mm f/1.4L IS USM SONY FE24-105mm F4 G OSS