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撮り鉄になることにしました

ヤバい、非常にヤバいのだ。

ワタクシ、撮り鉄系鉄道ファンになってしまうかも・・・。

鉄道ファンというと、

「185系、長い間ありがとう!」

と、電車を擬人化して話しかけてしまうヤバい人種だと思っていたが、どうやら私もそちら側へ・・・いやいやさすがに電車に話し掛けるまでは、ねぇ!?

私が鉄道にハマりはじめたのは、鉄道系YouTuberのスーツくんの動画を見てからだ。

スーツくんの動画の中でも特に人気の高いサンライズの乗車記

大学生の彼は、その年齢とは相応しくない巧みな語り口調で、全国の、いや世界の鉄道に乗り歩き、その列車や旅で訪れた観光地を紹介する。

私たち鉄道素人にも分かりやすい説明は、まさに語りの天才で、そんな彼の動画を見ることが、寝る前の私の楽しみになっている。

いや、思い返してみるともともと私は鉄道が好きだった。

40年近く前、友達の馬○くんの家に遊びに行ったとき、彼の家にあった鉄道模型に心が奪われ、両親にせがんで私もNゲージを買ってもらった。

当時はブルートレインが全盛の時代で、24系25型の客車列車と、牽引用の機関車を購入。

その機関車はEF58・・・??

なぜ24系25型を牽引したことのないEF58を選んだのかは不明だが、その後はブルートレインの牽引運用を始めたばかりのEF66も買った。

そういえば1986年ごろだったか、その馬○くんとともに早朝の静岡駅に行ったこともあった。

目的はもちろんブルートレインの撮影。

まだ人気の少ない日曜日の静岡駅で、絞りもシャッタースピードも変えられないバカチョンカメラを片手に、EF66牽引の『はやぶさ』や『ふじ』を躍起になって撮影した記憶がある。

本当はブルートレイン一番列車だった(微かな記憶のため間違っているかも)『瀬戸』を撮影したかったんだよなあ。

だって『瀬戸』だけ、EF65が牽引していたから(同じく微かな記憶)。

その後は寝台車とクルマの積載車が合体した『カートレイン』なんてのも撮ったのだが、アレはなんだったのだろう・・・。

ブルートレインがすべて過ぎ去った後は新静岡駅に移動して、今度は静岡鉄道の現在はA3000形に置き換わるカタチで廃車が進んでいる1000形を撮影した。

そういえば1000形の前に静岡鉄道静岡清水線で活躍した300形もまだ現役で、ラッキーにも新静岡駅に入線したので、あのシルバーの車体にブルーの帯が入った車両も撮影できたんだよなあ。

どうやらこの静岡鉄道の長沼工場で自社製造した300形、ウィキペディアによると私が撮影した直後に福井鉄道に譲渡され、2006年ごろまで現役で走っていたらしい。

35年も前のことなのに、いまだにこれだけ記憶していることから、きっと生まれてはじめての撮り鉄体験は相当楽しかったのだろう。

そして私は思った。

「そうだ・鉄道・撮ろう」

少年の頃に好きだった鉄道撮影という趣味を、もう一度本格的にはじめてみることにしよう。

現在は数ヶ月に一度新幹線を撮影している程度だが、これからは在来線にも撮影範囲を広めてみる。

あの頃好きだったブルートレインは引退してしまったが、牽引していたEF65やEF66などの電気機関車は、数を減らしながらも貨物列車の牽引として今なお現役で活躍しているし、寝台列車としてはサンライズ瀬戸出雲が唯一生き残っている。

よし決めた、今日から本格撮り鉄デビューのため勉強をはじめることにしよう。

以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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奥が深いモータースポーツ撮影の世界
MOTORSPORT撮影術

モータースポーツ撮影歴18年。腕に覚えは全く無いが、知識だけは豊富なワタクシぴぴが、レース撮影について偉そうに解説します。




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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。