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ルノーR24【ミニカーで振り返るレーシングマシン93】トゥルーリ初優勝マシン

1/43のミニカーを実車のように撮影し、実車の現役時代を紹介するこのコーナー、今回はルノーが2004年のF1に参戦するために開発した、ルノーR24を取り上げていこうと思う。

マシンデータと戦績

まずはルノーR24の主要諸元をチェック。

年式2004年
カテゴリーF1
コンストラクタールノー
マシン名R24
デザイナーボブ・ベル(テクニカルディレクター)
マーク・スミス(チーフデザイナー)
ディノ・トソ(チーフエアロダイナミシスト)
マイク・ガスコイン
エンジンルノーRS24
主要諸元表

つづいてルノーR24の戦績を見てみる。

コンストラクターアロンソトゥルーリヴィルヌーヴ
シーズン順位3位4位6位21位
シーズンポイント105P59P46P0p
優勝1回0回1回0回
ポールポジション3回1回2回0回
ファステストラップ0回0回0回0回
戦績表

トゥルーリモナコ初制覇も・・・

2003年にワークスとして20年ぶりの優勝を飾ったルノーは、この年前年までの低重心化によるハンドリング強化を狙った超広角111度バンクのエンジンではなく、一般的なバンク角72度のエンジンにした。

これはこの年から1グランプリ1エンジン規制に対応するための信頼性の確保からだったが、これにより前年までライバルに引けをとっていた馬力面でも大きく改善した。

この年のドライバーラインナップは前年に引き続きヤルノ・トゥルーリとフェルナンド・アロンソという、若きふたりのドライバー。

シーズンはフェラーリ、ミハエル・シューマッハの独走で、ルノーはコンストラクターズ選手権2位をかけてBARと争うこととなる。

このシーズンのハイライトは第6戦のモナコグランプリで、トゥルーリが予選で初ポールポジションを獲得すると、決勝でも首位をひた走り自身初の優勝を遂げる。

この栄冠をチームにプレゼントしたトゥルーリだったが、第10戦チームの地元であるフランスグランプリで失態を犯す。

アロンソ2位、トゥルーリ3位とダブル表彰台がほぼ確実だった最終周の最終シケインで、トゥルーリは後方のルーベンス・バリチェロにかわされてしまい2台揃っての表彰台を逃してしまう。

フランスの元国営企業で今もフランス国家の資本が入るルノーにとって、地元でのダブル表彰台は特別な栄冠だったが、それを逃してしまったトゥルーリの失態は大きく、チームマネージャーのフラビオ・ブリアトーレは激怒する。

その後もトゥルーリとチームの関係は悪化の一途をたどり、第15戦のイタリアグランプリを最後に離脱をする事態にまで発展したのだった。

このフランスでのレースで失態を犯したトゥルーリだが、他のレースではアロンソを上回るレースも多く見せていたため、ブリアトーレの激昂は私的には当時非常に驚いた。

うがった見方をすれば、ブリアトーレはアロンソのマネージャーも務めており、新進気鋭のアロンソの価値をさらに高めるためにはトゥルーリの高成績は気に入らず、フランスでの失態をこれ見よがしに叩いたのでは・・・とも取れるが、果たして真相はいかに。

では、そのルノーR24のミニカーを詳しく見ていこう。

ルノーR24のミニカーを実車のように撮る!

それでは1/43のルノーR24を撮影していこうと思う。

もちろんテーマはいつものように、『実車のように撮る!』。

フランスの自動車メーカールノーのワークスマシン、R24。

ルノーはコンストラクターとしてF1に復帰たびに、マシン名のコンセプトを変える。

1977年からの第1期ではRS〇〇→RE〇〇、そしてこの第2期ではR〇〇、現在の第3期にはR.S.〇〇(西暦の末二桁)といった具合。

4本溝のグルーブドタイヤを装着する、ルノーR24。

当時はブリヂストンとミシュランの激しいタイヤ戦争が繰り広げられていた時代だった。

そんな中、ルノーは同郷のミシュランを選択。

ミシュランは翌年から性能を飛躍的に上げ、フェラーリブリヂストンと接戦を繰り広げることとなる。

2000年代前半のルノーは、イエローと水色のカラーリングだった。

イエローはもちろんルノーのブランドカラー。そして水色は我が国JTのタバコブランド、マイルドセブンの色。

このカラーは、タバコ広告が規制される前年の2005年を最後に、JTが撤退するカタチで終焉を迎えた。

だが、ミニカーでもタバコ広告が規制されているため、マイルドセブンのロゴがない。

なのでマシンに締まりがない・・・。

せめて、ルノーのロゴが張り付いていれば印象は違ったものになると思うのに、残念でならない。

あと気になるところとしては、このモデルにはカーナンバーも記載されていない。

本来ならば、フロントウイングとサイドポンツーン前端に貼られているのだが・・・。

ルノーR24をスターティンググリッドに移動する。

奥に見えているのがザウバーの同年のマシン、C23。

2003年にフェラーリF2003-GAが導入した、サイドポンツーン上の排熱ルーバー、いわゆるシャークフィンを、ルノーもこのR24から独自の解釈で採用している。

前年型ルノーR23から比べると、サイドポンツーン下部のえぐれがつけられ、空力的にかなり洗練されたルノーR24。

右が今回のルノーR24で、左が翌年型のR25。

コンセプトは引き継がれているが、R25の方がよりシェイプアップされている。

以上、1/43のルノーR24を実車のように撮影してみた。

今回登場したミニカー

今回撮影に登場したミニカーを紹介する。

【ixo製】ルノーR24

デアゴスティーニのF1マシンコレクション52号で、ixo製。

【ixo製】ザウバーC23

デアゴスティーニF1マシンコレクションの第60号で、イタリアのixoが製造している。

【ixo製】ルノーR25

こちらもデアゴスティーニのF1マシンコレクション20号で、イタリアのixoが製造を担当している。

今回の撮影機材

今回ミニカーを撮影したカメラ機材を紹介する。

カメラキヤノンEOS R5
レンズキヤノンRF24-105mm F4L IS USM
スピードライトキヤノン430EX Ⅱ
三脚ベルボンEX-Macro
撮影機材

最後に

ということで、今回はルノーの2004年型マシン、ルノーR24のミニカーを撮影して現役時代を振り返ってみた。

この翌年の2005年にルノーは初のコンストラクターズタイトルを獲得し、アロンソも同時に初のドライバーズチャンピオンの栄冠に輝くことになる。

その後2006年もWタイトルを獲得し、アロンソは2007年にマクラーレンに移籍したが、チームやチームメイトのハミルトンとの関係で悩み、2008年にルノーに復帰する。

その後フェラーリやマクラーレンと渡り歩くも、タイトルを獲得できずに2018年に引退する。

しかしF1への未練を捨てされずに、2021年に三度ルノーに移籍している。

対するトゥルーリは、前述のとおりルノーとの関係が悪化し、この年の第17戦日本グランプリからトヨタへ移籍し、トヨタがF1を撤退する2009年までエースとして活躍。

その後は新規参戦したロータス(コーリン・チャップマンが設立したチームではない)で2010年と2011年に参戦してF1を引退したのだった。

以上、今回は1/43のルノーR24を実車のように撮影し、実車の現役時代を振り返ってみた。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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奥が深いモータースポーツ撮影の世界
MOTORSPORT撮影術

モータースポーツ撮影歴18年。腕に覚えは全く無いが、知識だけは豊富なワタクシぴぴが、レース撮影について偉そうに解説します。




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ぴぴ
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。 一眼レフデビューは2001年頃、CANON EOS7(フィルム機)。腕に覚えは全くないが、年数だけはそこそこ長い。 【一眼レフ遍歴】 CANON EOS 7 → CANON EOS kiss N → CANON EOS 60D → CANON EOS 7D MarkⅡ → CANON EOS 5D MarkⅣ & SONY α7R Ⅲ 【所有カメラ】 CANON EOS 5D MarkⅣ SONY α7R Ⅲ SONYサイバーショット DSC-RX1R 【所有レンズ】 CANON EF100mm-400mm f/4.5-5.6L IS Ⅱ USM CANON EF70-200mm f/2.8L IS Ⅱ USM CANON EF24mm-70mm f/4L IS USM CANON EF50mm f/1.2L USM CANON EF85mm f/1.4L IS USM SONY FE24-105mm F4 G OSS