スーパーGTを撤退した6つのGT500チーム

モータースポーツ中毒者のぴぴと申します。

2005年から全日本GT選手権を継承したスーパーGTですが、GT500クラスを撤退したレーシングチームは6つあります。

その中にはシリーズチャンピオンを獲得したチームや、名門と呼ばれメーカーと深い関係があると考えられていたチームも含まれています。

そこで今回は、そのチームが残した記録や足跡、撤退に至った経緯などをみていきたいと思います。

童夢

2012年11月 JAF GPにて
メーカーホンダ
カーナンバー18
GT500活動期間1997-2014
実働18年
ドライバーズ
シリーズ最高位
1位(2010)
チームズ
シリーズ最高位
1位(2010)

※ データは全日本GT選手権時代を含む
※1999-2002は無限×童夢プロジェクトとして無限と同チームとしてエントリー
※2005・2006はチームホンダレーシングとしてARTAと同チームとしてエントリー

日本のレーシングチームの中において、童夢は異色の存在です。

スーパーGTのチーム部門のチャンピオンはチームズチャンピオンと言いますが、F1の場合はコンストラクターズチャンピオンと言います。

その違いを簡単に言うと、スーパーGTのチームはマシンを仕入れて、そのマシンを整備チューニング(整備すらも外注するチームもある)しますが、F1はマシンを製造する(コンストラクター=製造者)ので、チャンピオンシップの名称が違うのです。

その点で、童夢は我が日本において唯一風洞やカーボン技術を持ちマシンを製造できるコンストラクターです。

童夢は、スーパーGTのホンダNSXのマシンの開発を手掛けていることからも、他のチームとは異色の存在なのがわかります。

その童夢は、1997年にホンダの全日本GT選手権本格参戦とともに参戦を開始しました。

1999年から2002年は、ホンダのワークス的な存在と言ってもよい無限と同一チームで参戦をし、2005年と2006年はARTAとともにホンダレーシングとして参戦しました。

そんな実績からもホンダと非常に近しい関係であったことが伺えますね。

2010年には、ドライバーズチャンピオンとチームズチャンピオンの二冠に輝いたほどの実績を誇ります。

しかし2014年を最後にスーパーGTを撤退しました。

理由はプレスリリースも無いため関係者しかわかりませんが、2012年に創業者の林みのる氏の社長退任し、2013年にはカーボン製造子会社と風洞設備の売却したことから、大きな事業転換が行われたのではないか、と私は推測します。

現在童夢は、創業者である林みのる氏の手から離れましたが、日本のFIA-F4マシンの製造を手掛け、一時トヨタの関連会社に譲渡した風洞施設も買い戻しました。

今後ふたたび日本が誇るレーシングコンストラクターの、スーパーGT参戦を見てみたいものですね。

クラフト

2012年11月 JAF GPにて
メーカートヨタ・レクサス
カーナンバー34・35
GT500活動期間2002-2012
実働11年
ドライバーズ
シリーズ最高位
6位(2010)
チームズ
シリーズ最高位
5位(2006)

※ データは全日本GT選手権時代を含む
※ レクサスはブランドだが便宜上メーカーとした

クラフトと聞いて最近のスーパーGTファンはGT-Rを走らせるクラフトスポーツを連想するかもしれません。

また往年のファンは、由良拓也氏率いるムーンクラフトを思い出すかもしれません。

しかし2社とはまったく関係がありません。

1992年に設立したクラフトは、1997年に全日本GT選手権GT300クラスに参戦を開始しました。

1999年には現在も人気があるAE86のトレノをレーシングマシンに改造し、全日本GT選手権にエントリーしました。

私も初めてみた時、その強烈なインパクトに本当に驚きました。

2001年までAE86トレノで参戦し、2002年からはGT500クラスにステップアップします。

スーパーGTに名称が変わった2005年には、2台体制でスープラを走らせます。

2006年に1台体制に戻り、2012年までスーパーGT GT500クラスに参戦しますが、その年を最後にGT500クラスの参戦を断念しました。

参戦断念に際し橋本代表は、

「誠に残念ではございますが、今シーズンGT500クラスへの参戦は断念致しました」

「この結論に至るまでには色々と難しい問題がございましたが……ここにそのすべてを書く事はできません。GT500クラスはメーカー同士の戦いであり、チームの意思だけではいかんともし難いクラスであるという事をご理解頂ければ幸いと存じます」

auto sport webより引用

というコメントを残しました。

自動車メーカーが大きく関与するカテゴリーだけに、大企業の戦いの中で自チームの参戦継続のために、非常にご苦労があったのだとコメントから推測できます。

その後2013年にボンズレーシングと名称を変更しGT300クラスへ参戦しますが、第2戦を最後にスーパーGTから撤退しました。

ハセミモータースポーツ

ハセミのGT写真が無いのでシルエットフォーミュラ
2016年11月 SUZUKA Sound of ENGINE 2016にて
メーカー日産
カーナンバー3
GT500活動期間1994-2000・2004-2009
実働13年
ドライバーズ
シリーズ最高位
2位(1994・1995)
チームズ
シリーズ最高位
3位(1994・1995)

※ データは全日本GT選手権時代を含む
※ 1994・1995はGT500ではなくGT1

ハセミモータースポーツは、長年にわたり日産のワークスドライバーとして活躍した、長谷見昌弘氏が代表を務めるレーシングチームでした。

スーパーGTの前身である全日本GT選手権には、発足初年度より最上位のGT1クラス(GT500クラスに相当)に代表の長谷見昌弘氏が関わりの深い日産のスカイラインGT-Rで参戦し、1年目・2年目ともにクラス2位という好成績を記録しました。

その後2000年まで日産系GT500チームとして全日本GT選手権に参戦します。

2001年からの3年間は戦いの場をGT300クラスに変更し、強豪チームとしてチャンピオンを獲得します。

2004年からふたたびGT500クラスに上がり、シリーズ名称がスーパーGTと変更になった後2009年まで参戦します。

その後2010年にGT300クラスに変更しチャンピオンに輝きますが、その年をもってスーパーGTから撤退します。

撤退の理由は定かではありませんが、チーム曰く、

「翌年のメインスポンサーも決まっておりましたが、諸般の理由により参戦を断念します」

とのことで、私の推測ですが、強いパイプで繋がっているとされた日産との関係でしょうか?

ハセミモータースポーツは現在、レーシングチームとしての活動はしておりませんが、アフターパーツの販売等で会社としては存続している模様です。

モーラ

2017年のモーラ 2017年5月スーパーGTにて
メーカー日産
カーナンバー46
GT500活動期間2011-2017
実働7年
ドライバーズ
シリーズ最高位
1位(2011・2012)
チームズ
シリーズ最高位
1位(2011・2012)

2005年にスーパーGTのGT300クラスに参戦し、2008年にはドライバーズチャンピオンならびにチームズチャンピオンを獲得します。

2011年に日産系チームとしてGT500クラスへステップアップし、GT500クラス参戦初年度にドライバーズチャンピオンとチームズチャンピオンに輝き、翌2012年にも圧倒的な強さでダブルタイトルを獲得しました。

その後スーパーGT GT500クラスに2017年まで参戦しましたが、その年を最後に撤退し、現在はチームのホームページも閉鎖されているようです。

今回紹介した6チームの中で、最も成功したチームでしたが、そのあまりにも早い撤退に、どのような経緯があったのか我々ファンは知る由もありません。

つちやエンジニアリング

現在はGT300で活躍するつちやエンジニアリング 2019年8月スーパーGTにて
メーカートヨタ・レクサス
カーナンバー25
GT500活動期間2000-2008
実働9年
ドライバーズ
シリーズ最高位
12位(2004)
チームズ
シリーズ最高位
10位(2003・2004・2005)

※ データは全日本GT選手権時代を含む
※ レクサスはブランドだが便宜上メーカーとした

つちやエンジニアリングは、ワークスチームを相手に孤軍奮闘する強豪プライベーターとして、ファンにも人気があるレーシングチームです。

スーパーGTの前身である全日本GT選手権に、1996年よりトヨタMR2でGT300クラスに参戦を開始します。

1998年には6戦5勝という圧倒的な強さでシリーズを制覇し、翌1999年にも2年連続でシリーズタイトルを獲得します。

そして2000年からGT500クラスにステップアップをしますが、基本的にトヨタの旧型車両での参戦で、厳しい戦いが続きます。

トピックはスーパーGTと名称が変わった2005年の開幕戦で、得意の岡山国際サーキットでチームとしてGT500クラスの初のそして唯一の優勝を遂げます。

スーパーGTには2008年まで参戦を続けますが、自動車業界の不景気や参戦コストの高騰のあおりを受け、その年を最後に撤退しました。

その後、2015年シーズンよりGT300クラスでスーパーGTに復帰し、現在はGT500クラスに同チームよりドライバーとして参戦していた、創業者の息子である土屋武士氏が監督となり、復帰2年目となる2016年には3度目のGT300クラスシリーズチャンピオンを獲得しました。

チームは「Road to GT500」という目標を掲げており、GT500クラスへの復帰を目指しています。

今回は『スーパーGTを撤退したGT500チーム』という題目なので、厳密にいうとつちやエンジニアリングと次項のドラゴコルセはスーパーGTから撤退していませんが、GT500クラスを撤退したということで入れさせてもらいました。

ドラゴコルセ

GT500クラスへエントリーしていた頃のドラゴコルセ 2016年5月スーパーGTにて
メーカーホンダ
カーナンバー15
GT500活動期間2015-2016
実働2年
ドライバーズ
シリーズ最高位
12位(2011)
チームズ
シリーズ最高位
11位(2011)

ドラゴコルセは元GTチャンピオンの道上龍氏が創業者で、2014年から活動を開始した非常に若いチームです。

2015年にいきなりスーパーGT GT500クラスに参戦し、2016年のタイ戦では2位で表彰台に上がる快挙をみせましたが、その年を最後に2年間という短い期間でスーパーGTから撤退します。

2018年にはふたたびGT300クラスのチームとして復帰したドラゴコルセは、チーム代表の道上龍氏自らがドライバーとしてエントリーします。

ドラゴコルセのGT500クラス参戦時期をみると、童夢撤退とともに参戦し、無限が復帰するのに合わせて撤退しています。

そこで私が推測するに、

『2014年を最後に童夢が撤退することになったが、ホンダはGT500クラスに2015年も5台参戦させたい。』

『しかし、ある程度自由が効くホンダ系の無限に関しては、準備が整わない。』

『そこでそのつなぎ役として、2年間の限定でドラゴコルセに白羽の矢が立った』

と考えていますが、真実は当然のことながらわかりません。

かつてはホンダのエースとして活躍し、現在もホンダの看板的な存在である道上龍氏なので、GT500クラスへの参戦やその後の復帰、GT300クラスからの復帰と、ホンダの意向が大きく現れていたのかもしれません。

最後に

ツインリンクもてぎでのスーパーGT最終戦で、ARTAの鈴木亜久里総監督とリアルレーシングの金石勝智監督のトークショーがあり、そこで両監督が、

「監督業はこれからのシーズンオフが一番大変だ。メーカーとの交渉、スポンサーとの交渉とシーズンよりも格段に忙しい。」

と話をしていたのが印象的でした。

スーパーGTの最高峰GT500クラスで活躍する、鈴木亜久里総監督のARTAはオートバックスという大きなメインスポンサーがあり、金石勝智監督のリアルレーシングにはケーヒンという大企業がメインスポンサーとして長年支えてくれています。

しかしそんな両監督でもポジションを確保し翌年も参戦するために、必死で交渉しているのですね。

今回紹介した6チームは、残念ながらスーパーGTのGT500クラスから撤退したわけですが、その功績を讃え、後世に語り継いでいくことが我々ファンとしての務めではないでしょうか。

スーパーGT消えたチーム新参入チームは?GT500エントラント推移

2019年9月22日

最後までお読みいただきありがとうございました。

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モータースポーツ撮影歴18年。腕に覚えは全く無いが、知識だけは豊富なワタクシぴぴが、レース撮影について偉そうに解説します。




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モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。 一眼レフデビューは2001年頃、CANON EOS7(フィルム機)。腕に覚えは全くないが、年数だけはそこそこ長い。 【一眼レフ遍歴】 CANON EOS 7 → CANON EOS kiss N → CANON EOS 60D → CANON EOS 7D MarkⅡ → CANON EOS 5D MarkⅣ & SONY α7R Ⅲ 【所有カメラ】 CANON EOS 5D MarkⅣ SONY α7R Ⅲ SONYサイバーショット DSC-RX1R 【所有レンズ】 CANON EF100mm-400mm f/4.5-5.6L IS Ⅱ USM CANON EF70-200mm f/2.8L IS Ⅱ USM CANON EF24mm-70mm f/4L IS USM CANON EF50mm f/1.2L USM CANON EF85mm f/1.4L IS USM SONY FE24-105mm F4 G OSS