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ベネトンB196 正常進化型も王者から一転未勝利に終わったマシン【ミニカー#72】

1/43のミニカーを実車のように撮影し、実車の現役時代を紹介するこのコーナー、今回はベネトンが1996年のF1に参戦するために開発した、ベネトンB196を取り上げていきたいと思います。

マシンデータと戦績

まずはベネトンB196の主要諸元をチェック。

年式1996年
カテゴリーF1
チームベネトン
マシン名B196
デザイナーロス・ブラウン(テクニカルディレクター)
ロリー・バーン(チーフデザイナー)
ニコラス・トンバジス(空力担当)
エンジンルノー(RS8/RS8B)

つづいてベネトンB196の戦績を見てみる。

コンストラクターアレジベルガー
シーズン順位3位4位6位
シーズンポイント68P47P21P
優勝0回0回0回
ポールポジション0回0回0回
ファステストラップ3回2回1回

前年Wチャンピオンも一転未勝利に・・・

ベネトンB196は前年のチャンピオンマシンであるB195の正常進化バージョンで、Wチャンピオンをもたらしたミハエル・シューマッハがフェラーリに移籍し、入れ替わるカタチでジャン・アレジとベルガーがこのマシンのステアリングを握った。

前年のB195がシューマッハの好む極端なオーバーステアのマシンだったため、シーズン前に両ドライバーがドライブしたところ乗りこなすのにかなりの苦労を強いられ、ベルガーに至ってはクラッシュを量産してしまう。

そこで迎え入れるアレジとベルガーのためにドライバビリティに特化したマシンに修正したが、仕上がりはイマイチでだった。

それでもアレジがブラジル、スペイン、ドイツ、イタリアで2位、アルゼンチン、カナダ、フランス、ハンガリーで3位と8度も表彰台に上がったのに対し、ベルガーは2度しか表彰台に上がれず、前年の11勝から一転してこの年は未勝利に終わるのであった。

ベネトンB196のミニカーを実車のように撮る!

それでは1/43のベネトンB196を撮影していこうと思う。

もちろんテーマはいつものように、『実車のように撮る!』。

ベネトンB196のカーナンバー3はジャン・アレジのマシン。

高いサイドポンツーンと細く縦長のエアインテーク、そしてモッサリ丸い極太ノーズが当時のベネトンマシンの特徴だった。

への字型のロワーウイングも1990年代中盤のF1マシンの特徴だ。

リヤカウルはサスペンションのアッパーウィッシュボーンの大部分を覆っている。

前年アイルトン・セナの痛ましい事故により、安全性に関する多くのレギュレーションが追加されており、コクピットのサイドプロテクターもそのひとつだった。

このサイドプロテクターの装着レギュレーションは各チームによって解釈が異なっており、ベネトンB196他、多くのマシンが規定どおりの大型プロテクターを取り付けたが、ジョーダン196はコクピット前方にフィンを付けロールバーを前後逆向きに取り付けたため、サイドプロテクターの盛り上がりを抑えた。

参考:サイドプロテクターを低く抑えたジョーダン196

またウィリアムズFW18はサイドにフィンを付けることで高さを稼ぎ、両マシンともにサイドプロテクターを小型化し空気抵抗を減らすことに成功する。

ちょんまげのようにインダクションポッドの上に取り付けられているのはオンボードカメラ。

この1996年と1997年は全マシンにこのような形で取り付けられたが、1998年からはTの字型に横に取り付けられ現在に至る。

スターティンググリッドにマシンを移動し、この年獲得できなかったポールポジションの位置にマシンを置く。

1994年からベネトンフォーミュラが消滅する2001年まで、日本のJTのブランドであるマイルドセブンがタイトルスポンサーを務めた。

カラーリングは1995年からブルーと水色ホワイトの3色だったが、1998年に水色とホワイトに、そして2000年には水色の単色になる。

個人的にはこの時代のF1ではめずらしいホワイトのホイールに魅力を感じる。

F1ではじめて吊り下げ式ウイングを採用した1991年のベネトンB191は、マシンの色と形状からバナナノーズと呼ばれたが、この1996年のベネトンB196も当時と基本的には同じく分厚い形状で、踏襲しているのがわかる。

1995年のリジェJS41は同じく1995年のベネトンB195のシャシーデザインをコピーし物議を醸したが、1996年の両マシンも形状が似ている。

以上、1/43のベネトンB196を実車のように撮影してみた。

今回登場したミニカー

今回撮影に登場したミニカーを紹介する。

【ixo製】ベネトンB196

デアゴスティーニのF1マシンコレクション93号で、イタリアixo製。

【ixo製】リジェJS43

こちらもデアゴスティーニのF1マシンコレクション97号で、ミニカー製造はイタリアのixoが行っている。

【ixo製】ジョーダン196

同じくデアゴスティーニのF1マシンコレクション103号で、イタリアixo製。

最後に

F1界はチャンピオンを獲得するとドライバーはもちろんのことそのスタッフも名を上げ、そのチームから多くの人材が流出するのが常であり、この頃のベネトンも同様であった。

ベネトンの主要空力設計担当だったニコラス・トンバジスは、1995年にフェラーリに移籍する。

そして1996年シーズン終了後に、チームの中心メンバーだったテクニカルディレクターのロス・ブラウンとデザイナーのロリー・バーンも、ミハエル・シューマッハを追ってフェラーリに移籍する。

エースドライバー、テクニカルディレクター、チーフデザイナー、空力設計担当と、主要な人材の多くが抜けたベネトンは一気に成績は低迷する。

マシンコンストラクター順位優勝
1995B1951位11
1996B1963位0
1997B1973位1
1998B1984位0
1999B1996位0
2000B2004位0
2001B2017位0
ベネトンの年度別成績(1995-2001)

逆にベネトンから多くの人材が移籍してきたフェラーリの成績は、一気に上昇する。

マシンコンストラクター順位優勝
1995412T23位1
1996F3102位3
1997F310B2位5
1998F3002位6
1999F3991位6
2000F1-20001位10
2001F20011位9
フェラーリの年度別成績(1995-2001)

結局F1界は、一握りの才能あるスタッフが集結しないとチャンピオンになれない、ということをまざまざと見せつけられたのであった。

以上、今回は1/43のベネトンB196を実車のように撮影し、実車の現役時代を振り返ってみた。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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奥が深いモータースポーツ撮影の世界
MOTORSPORT撮影術

モータースポーツ撮影歴18年。腕に覚えは全く無いが、知識だけは豊富なワタクシぴぴが、レース撮影について偉そうに解説します。




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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。