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【2025年版】富士モータースポーツミュージアムに行ってきた!③ 60’s富士日本グランプリ編

今回も富士モータースポーツミュージアム観覧記。

私が訪れた2025年6月は、『蘇る60’s富士日本グランプリ』と題した企画展示が行われており、1960年代の富士スピードウェイで行われた日本グランプリに参戦した貴重なマシンが展示されていました。

ということで、今回は完成したばかりの富士スピードウェイを駆け抜けた、伝説のマシンたちを紹介します。

1969年の日本GPを制した日産R382

まず最初に紹介するこちらのマシンは日産R382。

今の日産では考えられないことですが、当時トヨタと日産は、国内の乗用車市場において激しいシェア争いを繰り広げていました。

それはモータースポーツでも同様で、日産は1969年の日本グランプリのためにR382を投入し、新開発の6.0L V型12気筒のエンジンを搭載。結果はワンツーフィニッシュとトヨタに圧勝するのでした。

そんな日産R382は3台すべてが現存しており、このマシンはガンさんこと黒澤元治がドライブして優勝した実車らしいです。

打倒日産で開発した渾身のマシン トヨタ7

1969年の日本グランプリで、日産R382のライバルだったのがこの2代目トヨタ7。

前年にデビューした初代トヨタ7のモノコック形状から、2代目では一般的なスペースフレームに変更。

このマシンに、当時F1に鮮烈デビューした名機コスワースDFVを手本として開発された、5.0Lエンジンを搭載しました。

なお、このエンジンは最終ベンチテストで584馬力を記録していたらしいです。

そんなモンスターマシン5台で挑んだ1969年の日本グランプリでしたが、最高位は3位と、日産R382に惨敗するのでした。

尚、1968年にデビューした初代のトヨタ7は富士モータースポーツミュージアムのエントランスにこのようなカタチで展示されており、両車のボディ形状の違いを楽しむことができます。

タキレーシングが投入したローラ T70 Mk.Ⅲ

1960年代の日本のモータースポーツといえば、TNT対決。

TNT・・・マイクラ??

いやいや、トヨタ、日産、タキレーシングの頭文字です。

タキレーシング・・・??

私が生まれる前なので名前くらいしか知りませんでしたが、タキレーシングとは実業家の滝進太郎が1967年に結成したプライベートチームで、欧米のレーシングマシンを購入してレースに参戦していたらしいです。

1968年の日本グランプリでは、イギリスのレーシングカーコンストラクターローラカーズのT70 Mk.Ⅲにシボレー製のV8エンジンを搭載して、トヨタ、日産に挑みました。

結果は残念ながらリタイヤでしたが、当時の日本人レースファンを大いに喜ばせたことでしょうね。

このマシンはその1968年の日本グランプリに出場した実車とのこと。

ドアの上には『M.HASEMI』!

長谷見昌弘がすでに日本のトップで活躍していたとは驚きです。

大排気量車の中で2.0Lながら総合2位の快挙 ポルシェ 910

1968年の日本グランプリにタキレーシングは、ローラ T70 Mk.Ⅲとともに、もう1台投入していました。

それがポルシェ910、通称カレラ10です。

トヨタや日産が大排気量のマシンで参戦する中、このポルシェ910は2.0Lのエンジンで挑み、総合2位を獲得するのでした。

このマシンはその時の実車。ポルシェはいつの時代も美しく速いのです。

初のプロトタイプマシンは小柄だが本格派 いすゞ ベレット R6

こちらはいすゞのベレットR6。

いすゞといえば現在はトラック会社ですが、当時は117クーペやベレットなど、クーペや乗用車を製造販売していました。

そういえば、私が免許証を取得した時代には、ピアッツァというカッコいいスポーツカーがあったなあ。すみません、余談でした・・・。

そんないすゞが、1968年の日本グランプリのために初めて製作したプロトタイプマシンが、このR6です。

クローズドボディに低く構えたシルエットが写真で見ると非常にカッコいいのですが、実はこのマシン、実際に見てみると非常にコンパクト。全幅は1640mmしかありません。

リヤエンドのシルエットも最高でしょ??

でも、とっても小さいのです。

全高は・・・870mm!?

現在のフォーミュラカーのように寝そべって運転していたのかな?

いすゞといえばF1ブームの時代にF1用のV12エンジンを開発し、実際にロータス102でテスト走行を行なった会社。

実際に下記の記事でエンジン音が聴けますが、非常に良く回っていました。

レースへの憧れが強い企業なのかもしれませんね。

偽物感が拭えない!?ダイハツ P-5

レースのイメージがないダイハツですが、なんと1969年の日本グランプリにプロトタイプマシンで参戦していました。

そのマシンがこのダイハツP-5。

当時のプロトタイプマシンに似せてはいますが、先ほどの洗練されたいすゞベレットR6と比べてもなんか違うんだよなあ。

全高がやや高く、ずんぐりとしていて、ヘッドライトの形状がだらしない。サイドミラーステーはなんだこれ!?

レースへの情熱が感じられないような・・・。

どこから写せば映えるかとグルリと見回し、一番イカしていたのがバックショット。

でも、偽物感が拭えないなあ・・・。

最後に

ということで、3回に渡り2025年6月現在の富士モータースポーツミュージアムにある展示車両を紹介してみました。

このミュージアムはモータースポーツの歴史を紹介することがコンセプトで、今回紹介したF1やル・マン、スーパーGTのほかにも、アメリカンモータースポーツやWRC、黎明期のレース車両など、実に幅広くモータースポーツと触れ合うことができる素晴らしい施設だとあらためて感じました。

また企画展も開催され、今回は貴重な1960年代プロトタイプマシンを観覧することができました。

個人的にはトヨタF1や、ウィリアムズやジョーダンなど、トヨタエンジンを搭載したF1マシンなどを集めた、トヨタF1の企画展を開催してもらいです。

近年噂される『ハーストヨタ』が実現すれば、そんなF1企画を開催するかも!?

なんてことを妄想しながら、今回は以上とします。最後までご覧いただきましてありがとうございました。

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サーキットは非日常を味わえる特別な空間です。そんな素晴らしいモータースポーツの世界を、ひとりでも多くの方に伝えたい・・・。そんな思いでMOTORSPORT観戦記と題し、記事に認めました。




3件のコメント

私がA級ライセンス取った場所は富士スピードウェーで6Kmのフルコースを走りました、まだ出来たばかりのときでした。

そうです、須走落としと言って30度バンクの舗装の境い目上から二段目をはしりコーナーのインを目掛けてバンクを駆け下ります、一緒に船橋サーキットで練習していた友人がグラチャンで事故ってからフルコースは禁止されました。

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ABOUT US
大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。