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【観戦記】ニスモフェスティバル2022③ 日産歴代マシンが多数展示!スーパーシルエット ル・マン他編

前回はニスモフェスティバル2022で展示された往年の日産マシンの中から、全日本GT選手権やスーパーGT、全日本ツーリングカー選手権に参戦した車両を紹介しましたが、展示されていたマシンはまだまだありました。

そこで今回は往年のスーパーシルエットマシンや、ル・マンやデイトナの耐久レースに参戦したマシン、その他IMSAやGT1世界選手権に参戦したマシンなど、すべて紹介したいと思います。

ちなみにニスモフェスティバル2022の観戦記を最初からご覧になりたい方は、下のバナーからどうぞ。

スーパーシルエットマシン

今度は時代を遡り、1979年から1984年まで行われたスーパーシルエットシリーズに参戦した日産のマシンたちを紹介していきましょう。

トミカ スカイライン ターボ(1982)

スーパーシルエットのマシンでもっとも有名なのが、長谷見昌弘選手が乗ったトミカスカイラインターボではないでしょうか。

1974年の私も鉄仮面と言われたR30スカイラインベースのこのマシンは知ってますよ!イベントでも頻繁に登場するし。

でもこの見た目・・・当時の暴走族を助長したでしょうね・・・。

ニチラ インパル シルビア ターボ(1983)

こちらのS110シルビアベースのニチラインパルシルビアターボは、星野一義選手の1983年のマシン。

ニチラ(日本ラヂヱター)といえばカルソニック(現マレリ)の前身の会社。

こ星野一義さんカルソニックの関係は本当に長いのですね。

コカコーラ ブルーバード ターボ(1984)

1984年のコカコーラブルーバードターボは柳田春人選手のマシン。

スカイラインの長谷見、シルビアの星野、ブルーバードの柳田で、日産ターボ軍団と言われ人気を博したのですが、スーパーシルエットシリーズは1984年に2戦のみ開催されシリーズは終焉しました。

プロトタイプマシン

次は日産がレース専用車として開発したプロトタイプマシンを紹介します。

日産 R382(1969)

R382は1969年の日本グランプリ(F1ではない)に参戦するために開発されたマシン。当時のFIA規定ではグループ7にあたります。

この時代のマシンは無知なのですが、ピカピカに輝いたボディで時代をまったく感じさせない素晴らしい保存状態でした。

いや、もしかしてレプリカ??

日産 NP35(1992)

この日産NP35は1992年の全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)用に開発されたマシン。

1992年の最終戦に投入されましたが、この年限りでシリーズが消滅したため、実戦はただ1度のみという、ちょっと不運なマシンですが、このニスモフェスティバルや鈴鹿サウンドオブエンジンなど多くのイベントでデモ走行が行われ、現役時代に走れなかった分を取り戻しています。

日産 R91CP(1992)

この日産R91CPは1992年のデイトナ24時間を制したニスモのマシンです。

前に紹介したR382の後継マシンであるR383以来、20年ぶりに日産が完全自社製プロトタイプマシンとして作り上げたR91CPは1991年の全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)を制覇。

そして翌年2月に開催されたデイトナ24時間で優勝を飾ることになります。

しかもドライバーは長谷見昌弘選手、星野一義選手、鈴木利男選手の日本人トリオ。日本人がデイトナを制したのもこの時が初でした。

ちなみにこのマシンを設計したのはR35 GT-Rの産みの親、水野和敏さんです。

日産 R390 GT1(1997)

日産R390 GT1は1997年と1998年にル・マン24時間に参戦したマシンで、このカラーリングは1997年仕様です。

当時のル・マンのレギュレーションによりGTカーということになっていますが、見た目はほぼプロトタイプカーですね。

今回ニスモフェスティバルに来た目的のひとつが、このマシンを見てみたかったこと。

実際に初めて拝見してみると、低く構えた独特のフォルムで独特のオーラを放ち、むっちゃカッコいい!

この23号車は星野一義選手、影山正彦選手、エリック・コマス選手が乗り、エントリーした3台中で唯一の完走(総合12位)をしたマシンです。

フロントフェンダーの日の丸もいいですねえ。

この時代の日産ル・マン挑戦は1999年までの3年間で終了。業績悪化が原因でした。

その後2015年に日産のアメリカ法人が主導でGT-R LM NISMOを開発しエントリーしますが、歴史的な惨敗を喫しこの年限りで終了。

個人的にはあのフロントエンジンのFFマシンが一番興味があるのですが・・・きっと日産はあの参戦を無かったことにしているのでしょう・・・。

IMSAシリーズマシン

アメリカのIMSAシリーズに参戦した日産のマシンを紹介します。

IMSA GTO 300Z(1995)

IMSA GTO 300Zは1995年にアメリカのIMSAシリーズのGTS-1クラス(前年まではGTOクラス)に参戦したマシン。

同マシンは1994年にIMSAシリーズのセブリング12時間やデイトナ24時間で総合優勝をし、ル・マン24時間でもクラス優勝をした素晴らしい戦績のマシンです。

そういえば1996年と1997年にはこの個体で全日本GT選手権にも参戦していましたね。

FIA GT1世界選手権マシン

2010年から2012年までの3年間に開催されていたGTマシンの世界選手権、FIA GT1世界選手権。

このシリーズに参戦した日産のマシンを紹介します。

日産 GT-R GT1(2011)

日産がFIA GT1世界選手権に参戦したのは2010年と2011年。

2011年には日産とゆかりの深いミハエル・クルム選手とルーカス・ルアー選手がこの日産GT-R GT1を駆り、ドライバーズタイトルを獲得しました。

GT500クラスで採用されるクラス1規定とはまた違う凄みを放つGT1規定のマシン、マジでカッコよかった!

是非ともまたこの規格で世界選手権が開催されてほしいと思います。

フォーミュラマシン

日産は市販車にはあまり直結しないフォーミュラ系にはあまり参戦しなかったメーカーですが、今回1台のみフォーミュラマシンを展示してありました。

日産 フォーミュラE

唯一のフォーミュラマシンはフォーミュラEマシン。

リーフで極初期から電気自動車を市販化した日産は、このカテゴリーを重要視しているようで、現在もこのシリーズに参戦をしていますが、これはGen2という第2世代のフォーミュラEマシンですね。

ラリーマシン

今度はニスモフェスティバルで展示されていた日産のオフロードマシンを紹介します。

ダットサン 240Z(1971)

こちらは1971年のサファリラリーで優勝したダットサン240Zです。

ボディの至る所にへこみや傷があり、半世紀以上前のマシンをそのままの状態で保存していたのでしょう。

フェアレディZ 300ZX Z31(1985)

このZ31ベースのフェアレディZは、1985年の全日本ラリー選手権で優勝したマシン。

シルビア 200SX(1988)

日産はシルビアでもラリーにエントリーしており、このシルビア200SXは1988年のサファリラリーで総合2位になり、A4クラスの優勝を成し遂げたマシンです。

その他の展示マシン

スカイライン 2000 GT-R(1972)

このスカイライン2000 GT-Rは49連勝を含む通算52勝を達成したあのハコスカです。

達成したのが1972年と私が生まれる2年前ですが、国内モータースポーツを愛するひとりとして、この伝説はもちろん承知しています。

スカイライン 2000 GT-R コンセプト(1972)

このスカイライン 2000 GT-R コンセプト、通称ケンメリは、1972年の東京モーターショーで出展されたコンセプトマシン。

しかしこの頃に勃発したオイルショックの影響でレース投入は叶わず、幻のマシンとなりました。

この個体は2007年にフルレストアを受けたらしいです。

フェアレディZ 240ZG(1973)

このフェアレディZ 240ZGはレース仕様のテストカーで、排気量を2,870ccとしたレース専用のLY28型エンジンを搭載。

出力は300馬力に達していた章です。

50年前のマシンですが、フリー走行ではなかなかのスピードで周回していました。

navan GT-R(1990)

このマシンはニスモフェスティバル2022のためにレストアされたN1耐久仕様のR32 GT-Rです。

このドライバーは・・・すみません世代が違いわかりません。ご存知の方がおられたらコメント欄で教えてください。

フェアレディZ S130(1982)

このガルウイングのフェアレディZ S130はあの伝説のドラマ、『西部警察』で使用された車両です。

たしか大門団長(渡哲也)の専用車だったと思います。

フェアレディZ 300ZX Z32 富士スピードウェイセーフティカー(1989)

セーフティカーも展示。こちらのZ32フェアレディZは1989年の富士スピードウェイのセーフティカーです。

袖ヶ浦フォレストレースウェイの現行セーフティカーも展示。

マシンはニスモ フェアレディZ S-tune GT Z33でした。

日産 リーフ ニスモ RC(2022)

最後は電気自動車リーフのレーシングマシン。

いつかのモーターショーで日産ブースに展示されていましたが、だいぶレーシングマシンらしい見た目になっていました。

このリーフ、この後デモ走行をするのですが、もちろん内燃機関ではないので排気音はありませんが、意外にも『キーン』というモーターの音が大きかったのが印象的でした。

日産にはホンダコレクションホールのような代表的な展示施設がないため、この量のマシンをどこに置いているのだろう、などと思ってしまいました。

さて、ピットガレージでいにしえのマシンを撮影していると、コースから爆音が聴こえてきました。

いよいよフリー走行の始まりです。

ということで、次のページでは歴代の日産マシンがコース上で走行するシーンをたくさんの写真とともに紹介してみたいと思いますので、興味のある方は下のバナーからご覧ください。

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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。