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インパル【12】トムス【36】など スーパーGTカーNo.の由来

F1ではかつて、フェラーリの【27】やウィリアムズの【5】、ティレルの【3】のような、チーム固有カーナンバー制を採用していましたが、1995年シーズンまでで終了し、その後はコンストラクターズ順位となり、現在はドライバー固有ナンバー制を採用しています。

しかし国内のモータースポーツに目を移すと、現在もチーム固有カーナンバー制が採用され、そのカーナンバーには各チームやファンの想いが詰まった歴史が刻まれています。

そこで今回は、日本が誇る名門チームが参戦するスーパーGTチームのカーナンバーの由来に迫ってみたいと思います。

【3】NDDPレーシング

過去に全日本GT選手権・スーパーGTに参戦し、NDDPレーシングがスーパーGTに参戦を始めた時の監督である、往年の日産ワークスドライバー長谷見昌弘氏のチーム、ハセミモータースポーツから引き継いだカーナンバーです。

そして公式プログラムのはじめの頃に載って目立つように、という理由もあるそうです。

ちなみにハセミモータースポーツが、なぜ【3】を付けていたのか?

一説には、ハセミの『ミ』から【3】を選択したらしいです。

【4】グッドスマイルレーシング&チームUKYO

結成するときにモニター等に映りやすい1番若い空いている番号を、ということで【4】にしました。

本来はミク→【39】と思いますが、サードの伝統的なカーナンバーですものね。

【6】チームルマン

かつてフォーミュラ色が強かったチームルマンは、名門チームとしては遅い全日本GT選手権時代の1999年から参戦しました。

1999年の全日本GT選手権では、チームルマンが伝統的にフォーミュラで使用している【8】が空いている※のに、なぜ【6】を選んだのでしょうか?

※ カーナンバー【8】は1998年までチームパワークラフトが、2000年から現在に至るまでARTAが使用しているが、1999年だけは使用していない。

その理由は、前年の1998年にインギングが付けいていたカーナンバー【6】と、メインスポンサーのエッソを、丸ごとチームルマンが引き継いだから、と言われています。

【8】ARTA

8は昔から末広がりで縁起の良い数字と言われ鈴木亜久里監督も好きな数字でしたが、たまたま使っているチームがいなかったので使った、とのことです。

本来タイトルスポンサーであるオートバックスセブンから【7】でしょ?と思うのですが・・・。

参戦を始めた1998年(マシンはGT-R)は【7】をRE雨宮レーシングが使用していたからか【50】を使用し、1999年はニスモのエントラントでカーナンバーは【2】を使用。

2000年からホンダとタッグを組みカーナンバー【8】を使い始めます。

【12】チームインパル

チームインパルはスーパーGTの前身である全日本GT選手権が始まった1994年から1996年までカーナンバー【1】を付けており、初めてチャンピオンナンバー以外のナンバーを付ける1997年には、多くのカーナンバーが埋まっていました。

フォーミュラで長年使用してきた【19】も、すでにGT300クラスでレーシングプロジェクトバンドウが使用しており、空いていた【12】を選択しました。

なのでチームインパルは、強すぎたが故の【12】と言ったところでしょうか。

追記:全日本GT選手権より前の全日本ツーリングカー選手権などでも【12】が使われていたようなので、真相がわかり次第加筆致します。

【16】チーム無限

カーナンバー【16】は無限設立時より使用し、30年以上前の1987年全日本ツーリングカー選手権に出場したこの無限のマシンでも、もちろん【16】を使用しています。

20年前、2000年全日本GT選手権のカストロール無限NSXでも【16】を付けています。

一説には、往年の本田技術研究所の社内チーム『チームYAMATO』から受け継がれてきたカーナンバーとも言われています。

【17】リアルレーシング

ホンダ系のワークスチームのカーナンバーが【16】【18】をよく使われるので、その間である【17】を選択しました。

また、ホンダの創設者である本田宗一郎氏の生誕日である11月17日にもちなんだとのことです。

【19】レーシングプロジェクトバンドウ

花札の『おいちょかぶ』で、1と9を足すと9を超えて『親』の総取りだからとか・・・。

なんとも坂東会長らしい・・・。

【23】ニスモ

ニスモの親会社である日産から。

ニッサン→23

このカーナンバー【23】は、ニスモ設立後初レースとなる1985年の全日本ツーリングカー選手権からすでに使われており、母体となった大森ワークスや主力チームであった追浜ワークスでも使用されておりました。

1969年日本グランプリで日産R382が予選1位から3位を独占したレースでも、予選3位の高橋国光・都平健二組の日産R382が【23】を付けて参戦した記録が残っています。

余談ですが、そのレースでは予選1位の北野元・横山逹組の日産R382が【20】、予選2位の黒沢元治(ガンさん)・砂子義一(砂子塾長の父)組の日産R382が【21】を付けています。

【24】KONDOレーシング

日産のワークスナンバー【23】とヨコハマのエースナンバー【25】、お世話になっている両メーカーの真ん中という理由です。

【25】つちやエンジニアリング

【25】は古くからヨコハマタイヤのエースナンバーで、ヨコハマとともに戦い続けるつちやエンジニアリングが長年使用しています。

それ以上の理由もあるようなのですが、ご存知の方はぜひコメント欄で教えてください。

【36】トムス

1984年から【36】を冠してレースに出ていましたが、当初は『おいちょかぶ』で3足す6で9になり縁起が良いという理由から、舘信秀監督の好きな番号として使用しており、大きな思い入れは無かったと言われています。

しかし1992年、小河等選手が全日本F3000選手権で亡き人となり、その小河等選手は享年36歳でした。

それから【36】はトムスの永久象徴ナンバーになりました。

【38】セルモ

トヨタのGTワークスカーナンバーが【36】【37】【38】であり、そのひとつである【38】を授かりました。

2020年よりセルモは、スーパーGTに2台のマシンをエントリーさせると発表がありましたが、カーナンバーを連番にすると現在前後に空きがなく、引越しをするのか、またはサードが押し出されるのか注目されます。

【39】サード

全ての方への感謝の思い『サンキュー』から【39】を選びました。

【55】ARTA

鈴木亜久里監督が全日本F3000選手権でチャンピオンを獲得した時のカーナンバーが【55】だったからです。

私としては、1990年の日本グランプリで表彰台に立った時のカーナンバー【30】が鈴木亜久里監督にとってもっとも似合っているカーナンバーだと思いますが・・。

ちょっと一息

スーパーフォーミュラの名門チームであるダンディライアンの【40】は、長年サポートするNTT docomoのFOMAから。

FOMA=フォーマ=フォーマル=40

ちなみに現在の【5】は、NTT docomoをはじめとした携帯各社が、2020年より運用を開始する5Gから採用しています。

【61】スバル

スバルのエンブレムには6つの星が描かれており、その星の数とNo.1になるという思いを込めて【61】にしました。

【64】ナカジマレーシング

中嶋悟監督がF1時代、1989年雨のオーストラリアグランプリで、日本人初となるファステストラップを記録した時の周回が64周目だったことからカーナンバー【64】を採用しました。

ちなみに途中【32】にしたのは、公式プログラムのチーム紹介で後ろの方のページになることを嫌ったからだと言われていますが、本当の理由はチャンピオンを取ってから話しをすると中嶋監督が語っていました。

しかし【32】でチャンピオンを取ること無く【64】に戻したため、真相は闇の中です。

【100】チームクニミツ

 チーム代表である高橋国光監督が、2輪の世界グランプリで初優勝した時に付けていたナンバーが【100】だったことから、そのナンバーを長年使用しています。

まとめ

No.チームカーナンバーの理由
3NDDPハセミモータースポーツから引き継ぎ
4グッド
スマイル
空いている中で一番若いNo.だから
6ルマン前年のインギングから引き継いだ
8ARTA縁起が良く亜久里氏が好きなNo.で空いていたから
12インパル1を付けていたので陥落後空いていた番号から
16無限創設時からの伝統番号 YAMATOからという説あり
17リアルホンダワークス16.18の間から
19バンドウおいちょかぶで足すと親の総取りだから
23ニスモ親会社ニッサンから
24KONDO日産ワークス23とヨコハマエースの25の真ん中から
25つちやヨコハマエースNo.でつちやが長年使用
36トムス小河等氏の享年
38セルモトヨタGTワークスNo.のうちのひとつを授かった
39サード皆へ感謝「サンキュー」から
55ARTA亜久里氏現役時代全日本F3000でのチャンピオンNo.
61スバルエンブレムの6つの星とNo.1から
64ナカジマ中嶋悟監督現役時代F1で日本人初FL時の周回数
100クニミツ高橋国光監督が2輪GP初優勝時のNo.

最後に

今回は監督やチーム代表がリップサービスで話していることもあり、真意の程が掴めずにいました。

そこでツイッターで呼びかけ、フォロワー様から多くの情報を頂きましたので、最後になりましたがこの場を借りてお礼を申したいと思います。

ご協力いただいたフォロワー様(順不同)

※ 実名と思われるTwitter名は個人情報の観点から掲載致しませんでした

みなさん、ありがとうございました!

以上、今回はスーパーGTに参戦するチームのカーナンバーの由来について調べてみました。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。