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F1王者何年の誰がNo.1?シーズン別勝率/表彰台率/PP率/FL率/決定Rd進捗率ランキング(1987-2025)

チャンピオン決定ラウンドのシーズン進捗率ランキング

ミハエル・シューマッハ
順位ドライバーコンスト
エンジン
レース数2位との差決定Rd決定Rd
進捗率
12002年ミハエル・シューマッハフェラーリ17671164.7%
21992年ナイジェル・マンセルウィリアムズ
ルノー
16521168.8%
32001年ミハエル・シューマッハフェラーリ17581376.5%
42023年マックス・フェルスタッペンレッドブル
ホンダ-RBPT
222901777.3%
52004年ミハエル・シューマッハフェラーリ18341477.8%
62011年セバスチャン・ベッテルレッドブル
ルノー
191221578.9%
72022年マックス・フェルスタッペンレッドブル
RBPT
221361881.8%
82020年ルイス・ハミルトンメルセデス171241482.4%
92013年セバスチャン・ベッテルレッドブル
ルノー
191551684.2%
102015年ルイス・ハミルトンメルセデス19591684.2%
111993年アラン・プロストウィリアムズ
ルノー
16261487.5%
121995年ミハエル・シューマッハベネトン
ルノー
17331588.2%
132005年フェルナンド・アロンソルノー19211789.5%
142017年ルイス・ハミルトンメルセデス20461890.0%
152018年ルイス・ハミルトンメルセデス21881990.5%
162019年ルイス・ハミルトンメルセデス21871990.5%
172024年マックス・フェルスタッペンレッドブル
ホンダ-RBPT
24632291.7%
181987年ネルソン・ピケウィリアムズ
ホンダ
16121593.8%
191988年アイルトン・セナマクラーレン
ホンダ
1631593.8%
201989年アラン・プロストマクラーレン
ホンダ
16161593.8%
211990年アイルトン・セナマクラーレン
ホンダ
1671593.8%
221991年アイルトン・セナマクラーレン
ホンダ
16241593.8%
232000年ミハエル・シューマッハフェラーリ17191694.1%
242009年ジェンソン・バトンブラウンGP
メルセデス
17111694.1%
251994年ミハエル・シューマッハベネトン
フォード
16116100.0%
261996年デイモン・ヒルウィリアムズ
ルノー
161916100.0%
271997年ジャック・ヴィルヌーヴウィリアムズ
ルノー
173917100.0%
281998年ミカ・ハッキネンマクラーレン
メルセデス
161416100.0%
291999年ミカ・ハッキネンマクラーレン
メルセデス
16216100.0%
302003年ミハエル・シューマッハフェラーリ16216100.0%
312006年フェルナンド・アロンソルノー181318100.0%
322007年キミ・ライコネンフェラーリ17117100.0%
332008年ルイス・ハミルトンマクラーレン
メルセデス
18118100.0%
342010年セバスチャン・ベッテルレッドブル
ルノー
19419100.0%
352012年セバスチャン・ベッテルレッドブル
ルノー
20320100.0%
362014年ルイス・ハミルトンメルセデス196719100.0%
372016年ニコ・ロズベルグメルセデス21521100.0%
382021年マックス・フェルスタッペンレッドブル
ホンダ
22822100.0%
392025年ランド・ノリスマクラーレン
メルセデス
24224100.0%

最後はチャンピオン決定ラウンドのシーズン進捗率をランキングで見てみましょう。

1987年以降で、もっとも早くドライバーズタイトルを獲得したのは2002年のミハエル・シューマッハ(フェラーリ)。決定はヨーロッパラウンド真っ只中の第11戦フランスグランプリで、シーズン進捗率はなんと64.7%(17戦中11戦目)でした。

第3戦で急遽前倒しして投入したF2002の速さは尋常ではなく、第11戦までに8勝を挙げ、すべてのレースで表彰台に上がります(結局最終戦までのすべてに表彰台に上がる)。

この年はマクラーレンが失速し、ウィリアムズもライバルにはなり得なかったため、ライバル不在の状況でした。

そんな中でもフェラーリはシューマッハの完全No.1体制を崩さず、第6戦オーストリアグランプリでは最終ラップでチームメイトのルーベンス・バリチェロ(フェラーリ)がシューマッハに優勝を譲り物議を醸しました(これにより翌年からチームオーダーが禁止された)。

第2位は1992年のナイジェル・マンセル(ウィリアムズ)で、チャンピオン決定は第11戦ハンガリーグランプリ。マンセル初の栄冠はシーズン進捗率68.8%での独走王者でした。

前述した通り、この頃からF1は次々にハイテク装備を搭載するのですが、ライバルに先んじてアクティブサスペンションやトラクションコントロールなどを搭載し、信頼性も十分だったFW14Bはまさに敵なしの状態でした。

第3位は2001年のシューマッハ(フェラーリ)で、17戦中13戦目で決定。シーズン進捗率は76.5%でした。

2004年のシューマッハ(フェラーリ)も5位に入り、2000年代前半のフェラーリ最大の黄金期は、F1でも稀に見る強さを誇った時代でした。

第4位は2023年のマックス・フェルスタッペン(レッドブル)。F1は2010年以降優勝のポイント数が10ポイント(1990年以前は9ポイント)から25ポイントに大きく増え、それによりチャンピオン決定が遅くなりましたが、2023年のフェルスタッペンの強さは圧倒的で、過去のポイント制度に食い込む驚異的なシーズンを送りました。

尚、今回の項では参考でシーズン終了後のランキング2位とのポイント差を入れてみましたが、過去最大のポイント差は、2023年のフェルスタッペン(レッドブル)で、2位とはなんと290ポイント差の圧勝でした。

ただ、ファンとしては一人のドライバーが独走するのではなく、混戦のシーズンの方が断然楽しい。

ということで、最終戦までチャンピオン決定が持ち越されたシーズンはというと、1987年以降では15シーズンもありました。

その中で、最終的に1ポイント差で王者決定となったのが、1994年、2007年、2008年の3シーズン。

1994年はシューマッハ(ベネトン)得意のボディアタックという後味の悪い幕切れでしたが、2007年の最終戦インテルラゴスでのライコネン(フェラーリ)のマクラーレン2台喰いや、2008年同じくインテルラゴスでの最終戦、雨足が強くなった最終ラップでのハミルトン(マクラーレン)による劇的逆転劇など、やっぱりもつれるシーズンは面白いんですよね。

因みに、1997年は2位と39ポイント差なのに、なぜ最終戦まで決まらなかったのかというと、最終戦で選手権トップのジャック・ヴィルヌーヴ(ウィリアムズ)に対し2位ミハエル・シューマッハ(フェラーリ)が得意のボディアタック(1994以来3年ぶり2度目)。

これによりシューマッハはこの年の選手権ポイントを剥奪され、結果繰り上がりの選手権2位になったハインツ=ハラルド・フレンツェンとの差が39ポイントだったからです。

では、2014年は2位と67ポイント差なのになぜ最終戦まで決定が持ち越されたかというと、最終戦を迎えた時点で選手権1位ルイス・ハミルトン(メルセデス)と2位ニコ・ロズベルグ(メルセデス)の差が17ポイント。

この年は最終戦のポイントが通常の2倍だったため、最終戦で優勝したハミルトンは50ポイントを稼ぎ、14位だったロズベルグはポイントを獲得できずに67ポイントの差になったのです。

次のページはシーズン別勝率/表彰台率/PP率/FL率/決定Rd進捗率を年度別に見てみます

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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。