【レーシングチーム紹介】第5弾 CERUMO(セルモ)

モータースポーツ中毒者のぴぴと申します。

日本のモータースポーツチームを紹介するこのコーナー、今回はトヨタ系レーシングチームの中でも人気の高いセルモを紹介してみたいと思います。

創業者はバテさん!?

2019年4月撮影 スーパーGT第1戦を終え御殿場のファクトリーにトランスポーターが帰還

セルモの創業者は佐藤正幸氏、通称バテさん・・・ 誰??

私たちモータースポーツファンには余り知られていませんが、実は佐藤正幸氏、国内のレース関係者の間では知らぬ者がいないほど有名な名物エンジニアです。

確かに思い返してみるとサーキットで行われるトークショーなどで『バテさん』の名前は何度か聞いたことがあります。

その佐藤正幸氏、1981年にセルモを設立し各チームのメンテナンスを行います。

レーシングチームの結成は1991年。

以来、日本モータースポーツのトップフォーミュラや全日本GT選手権→スーパーGTなどで活躍します。

2007年に佐藤正幸氏に変わり同じくトヨタ系レーシングチームであるINGINGのオーナー卜部治久氏がセルモのオーナーに就任し、両チームの統合が進められます。

2019年、創業者の佐藤正幸氏が社長を退任し、オーナーの卜部治久氏が社長兼会長に、スーパーGTで同チームのドライバーを務める石浦宏明が取締役に就任しました。

以前は中嶋悟の中嶋企画や星野一義のTEAM IMPULなど現役のレーシングドライバーがオーナーになり会社を運営することがありましたが、レーシングチームが大規模になった昨今、現役レーシングドライバーが会社運営の中核になることはあまり聞いたことがありません。

またスーパーGTで石浦宏明のチームメイトである立川祐路も、スーパーGTの総監督ならびにスーパーフォーミュラの監督を務めています。

セルモの歴史は立川祐路の歴史

2019年5月撮影 2019年富士ではエース立川祐路がニスモを抜き優勝 現在も速さは健在

2019年現在もスーパーGTでセルモのエースドライバーとして活躍する立川祐路。

彼がセルモに加入したのはなんと1999年・・・まだ20世紀の頃です!

以来セルモの全日本GT選手権・スーパーGTでのタイトルは全て彼のドライブで獲得し、スーパーフォーミュラでのタイトルは全て彼が監督に就任してから達成されました。

まさにセルモの歴史は立川祐路とともにあると言っても過言ではないでしょう。

アーバインとともに戦った全日本F3000

それではセルモの歴史を紐解いてみましょう。

全日本F3000当時のメインスポンサーはコスモ石油だったが、2018年現在のSFマシンにもコスモマークが確認できる

F1ブーム真っ只中の1991年、チーム結成と同時に参戦した全日本F3000はバブル期ということもあり多くのチームが参戦する中、上位でシリーズを戦いました。

現在はトヨタ系チームとして知られるセルモですが、当時のトップエンジンビルダーであるホンダ系の無限エンジン搭載し参戦していました。

F3000参戦時のエースドライバーは、のちにF1のフェラーリでミハエル・シューマッハのチームメイトとなるエディ・アーバインで、1993年シーズンには星野一義とシリーズ同ポイントで優勝回数の差でドライバーズチャンピオンを逃しました。

星野一義監督

余談ですが、エディ・アーバインがF1のフェラーリに在籍していた時、記者会見で、

「日本には星野一義というとんでもない速いおっさんがいる」

と言っていましたが、この時の経験があっての発言だったのです。

それではセルモの全日本F3000時代の成績を見ていきましょう。

ドライバーズ

年度Noドライバー年間
順位
199111エディ・アーバイン7位
199211エディ・アーバイン8位
199311エディ・アーバイン2位
199411
12
12
黒澤 琢弥
古谷 直弘(第7戦)
田嶋 栄一(第9・10戦)
4位

199511
12
12
トム・クリステンセン
樋口 統也(第8戦)
中嶋 修(第9戦)
3位

低迷するフォーミュラニッポン時代 そしてINGINGとのジョイント

1996年より日本のトップフォーミュラはフォーミュラニッポンに変わりましたが、セルモにとっては厳しい戦いでした。

前述のとおり2008年にオーナーが卜部治久氏になり、ともにオーナーを務めるINGINGとジョイントしチーム名はCERUMO/INGINGになりましたが、成績は奮いませんでした。

ドライバーズ

年度Noドライバー年間
順位
199612羽根 幸浩
199711
11
12
12
光貞 秀俊
ミハエル・クルム(第10戦)
サーラ・カバナ(第1・2戦)
柴原 眞介(第8-10戦)
4位
16位

199811
12
野田 英樹
飯田 章(第3-10戦)
10位
14位
199911
12
立川 祐路
飯田 章
13位
20位
200011
12
立川 祐路
ヤレック・ヴィエルチューク
10位
17位
200111
12
影山 正美
荒 聖治
9位
12位
200211
11
ブノワ・トレルイエ(第1-5戦)
立川 祐路(第6-10戦)
14位
20位
200311
12
松田 次生
井手 有治
11位
7位
200411
12
松田 次生
影山 正美(第7-10戦)
11位
17位
200511
12
平中 克幸
高木 虎之介 ※
13位
15位
200611立川 祐路8位
200711
12
立川 祐路
佐々木 孝太(第1-5戦)
12位
22位
200847
48
ロニー・クインタレッリ
立川 祐路
9位
7位
200948立川 祐路12位
201029井口 卓人13位
201133国本 雄資10位
201238
39
平手 晃平
国本 雄資
9位
13位

※ TAKAGI PLANNINGとのジョイント

チームズ

年度年間
順位
1996
19975位
19987位
199910位
20007位
20017位
20029位
20035位
20047位
20057位
20068位
20079位
2008 ※4位
20098位
20108位
20116位
20126位

※ 2008年よりチーム名がCERUMO/INGINGに変更

日本トップコンテンダーとなったスーパーフォーミュラ

2018年7月撮影 カーナンバー1が誇らしいCERUMO/INGINGのマシン

2013年にフォーミュラニッポンを引き継ぐカタチでスーパーフォーミュラがスタートします。

そして2014年シーズンよりマシンがSF14に変更し同年石浦弘明が加入すると、セルモの成績はフォーミュラニッポン時代の低迷が嘘のように上昇します。

2015年には日本トップフォーミュラではチーム結成初のドライバーズチャンピオンを獲得、翌2016年にはドライバーズチャンピオンとチームズチャンピオンの2冠、2017年にはドライバーズチャンピオン3連覇とチームズチャンピオン2連覇を達成し、日本トップフォーミュラのトップチームとして現在に至ります。

ドライバーズ

年度Noドライバー年間
順位
201338
39
平手晃平
国本 雄資
9位
10位
201438
39
石浦 弘明
国本 雄資
5位
7位
201538
39
石浦 宏明
国本 雄資
1位
9位
20161
2
石浦 宏明
国本 雄資
5位
1位
20171
2
国本 雄資
石浦 宏明
8位
1位
20181
2
石浦 宏明
国本 雄資
3位
8位

チームズ

年度年間
順位
20135位
20143位
20152位
20161位
20171位
20182位

スープラで戦った全日本GT選手権は2001年にチャンピオン獲得

セルモのJGTCデビューマシン ドライバーは元F1ドライバーのE.コマス Mさん画像提供

全日本GT選手権が始まったのは1994年ですが、セルモはその2年目のシーズンとなる1995年から参戦しました。

マシンはスープラで、現在のスーパーGTに到るまで一貫してトヨタ系を使用しています。

そして1999年に立川祐路がチームに加入し、竹内浩典とのコンビで2001年に念願だったドライバーズチャンピオンを獲得しました。

ちなみに、1996年から1997年にかけてトムスとTOYOTA Castrol TEAMを結成し1997年にチームズチャンピオンを獲得しましたが、セルモはチームに多くのポイントをもたらすことができませんでした。

ドライバーズ

年度Noドライバー年間
順位
199538エリック・コマス19位
199637エリック・コマス
竹内 浩典
3位
7位
199738竹内 浩典
金石 勝智
10位
199838竹内 浩典
野田 英樹
11位
199932木下 隆之
近藤 真彦
18位
38竹内 浩典
立川 祐路
14位
200032木下 隆之
近藤 真彦
23位
38竹内 浩典
立川 祐路
5位
200133片山 右京
近藤 真彦
24位
38竹内 浩典
立川 祐路
1位
20021竹内 浩典
立川 祐路
3位
33片山 右京
(下田 隼成)
近藤 真彦
27位
(22位)
21位
200338竹内 浩典
立川 祐路
9位
200438立川 祐路
荒 聖治
5位

チームズ

年度マシン年間
順位
1995スープラ12位
1996スープラ2位 ※
1997スープラ1位
1998スープラ9位
1999スープラ8位(#38)
11位(#32)
2000スープラ5位(#38)
15位(#32)
2001スープラ3位
2002スープラ4位
2003スープラ7位
2004スープラ6位

※ トムスとのジョイント

スーパーGTは立川祐路とともに

2019年5月撮影 無類の強さを誇る富士で2019年もニスモとの戦いを制し優勝

スーパーGT初年度でトヨタとしてはスープラ最終年となる2005年、セルモは立川祐路と元F1ドライバーで前年までアメリカのインディカーシリーズ(IRL)で戦っていた高木虎之介がそのスープラを駆り、ドライバーズチャンピオンを獲得しました。

レクサスSC430最終年の2013年には、ドライバーズとチームズチャンピオンを獲得し、単独でのチームズチャンピオンは全日本GT選手権・スーパーGTを通してセルモとしては初めてのことでした。

マシンの最終年でチャンピオンを獲得してきたセルモですが、LC500最終年となる2019年も栄冠に輝くのでしょうか。

ドライバーズ

年度Noドライバー年間
順位
200538立川 祐路
高木 虎之介
1位
20061立川 祐路
高木 虎之介
5位
200738立川 祐路
高木 虎之介
7位
200838立川 祐路
リチャード・ライアン
2位
200938立川 祐路
リチャード・ライアン
10位
201038立川 祐路
リチャード・ライアン
9位
201138立川 祐路
平手 晃平
6位
201238立川 祐路
平手 晃平
2位
201338立川 祐路
平手 晃平
1位
20141立川 祐路
平手 晃平
8位
201538立川 祐路
石浦 宏明
4位
201638立川 祐路
石浦 宏明
6位
201738立川 祐路
石浦 宏明
4位
201838立川 祐路
石浦 宏明
4位

チームズ

年度マシン年間
順位
2005スープラ4位
2006SC4307位
2007SC4307位
2008SC4302位
2009SC4309位
2010SC4309位
2011SC4306位
2012SC4302位
2013SC4301位
2014RC F7位
2015RC F5位
2016RC F6位
2017LC5004位
2018LC5004位

スーパーGTでのセルモ人気は?

ツイッターで

「スーパーGT GT500クラスにエントリーするレクサス系チームのうち、最も応援しているチームはどこ?」

というアンケートを行いました。

結果は5チームのうち3番目・・・微妙。

ただサーキットに行くとZENTの赤いキャップやチームウエアを着る女性が圧倒的に多く、恐らく女性人気に限って言えばトムスをも凌ぐと思います。

やはり甘いマスクの立川祐路が女性ファン獲得に寄与していると思います。

現在の参戦カテゴリー

2018年5月撮影 現在参戦カテゴリーのひとつスーパーGT
  • スーパーGT(2005-)
  • スーパーフォーミュラ※(2013-)

※ INGINGとの合同チーム

過去の参戦カテゴリー

1995年全日本GT選手権参戦車両 Mさん画像提供
  • 全日本GT選手権(1995-2004)
  • 全日本F3000選手権(1991-1995)
  • フォーミュラニッポン(1996-2012)

最後に

古くはエリック・コマス・片山右京・高木虎之介・野田英樹などの元F1ドライバーや、のちにフェラーリF1に所属することになるエディ・アーバインなどの新進気鋭の若手ドライバーとともに国内モータースポーツを盛り上げてきたセルモは、2019年にスーパーGTを走らせる立川祐路と石浦宏明の両ドライバーを総監督と取締役というチームの中枢に据えました。

創業者の佐藤正幸や現オーナーの卜部治久は元ドライバーではありませんが、才能のある素晴らしいドライバーを雇いまたチームの中枢に据えるこの姿勢は、ファンに共感を与えます。

私も今回セルモを詳しく調べてみて、このチームがより好きになりました。

【レーシングチーム紹介】第4弾 NISMO(ニスモ)

2019年6月12日

【レーシングチーム紹介】第3弾 TOM`S(トムス)

2019年6月1日

【レーシングチーム紹介】第2弾 Nakajima Racing(ナカジマレーシング)

2019年4月28日

【レーシングチーム紹介】第1弾 TEAM IMPUL(チームインパル)

2019年4月16日

最後までお読みいただきありがとうございました。

ぴぴ
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モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。 一眼レフデビューは2001年頃、CANON EOS7(フィルム機)。腕に覚えは全くないが、年数だけはそこそこ長い。 【一眼レフ遍歴】 CANON EOS 7 → CANON EOS kiss N → CANON EOS 60D → CANON EOS 7D MarkⅡ → CANON EOS 5D MarkⅣ & SONY α7R Ⅲ 【所有カメラ】 CANON EOS 5D MarkⅣ SONY α7R Ⅲ SONYサイバーショット DSC-RX1R 【所有レンズ】 CANON EF100mm-400mm f/4.5-5.6L IS Ⅱ USM CANON EF70-200mm f/2.8L IS Ⅱ USM CANON EF24mm-70mm f/4L IS USM CANON EF50mm f/1.2L USM CANON EF85mm f/1.4L IS USM SONY FE24-105mm F4 G OSS