みなさん、F1ミニカー好きですか?
おそらくF1ファンの中には、ミニカーをコレクションとして集めている方も多くいるかと思います。
私もそのひとり。
20年以上に渡り1/43のF1ミニカーをコツコツ集め、その数は300台を超えました。
その300台のコレクションの中でも特に一生懸命集めたのがフェラーリのF1で、数えてみたらなんと142台もありました!
えっ?フェラーリがF1に参戦を開始したのが70数年前だから、フェラーリのF1マシンは70台そこそこだろ?と思うかもしれません。
はい、そのとおり。
しかし私のコレクションにはドライバー違いや仕様変更車、ミニカーブランドの違いなどがあります。
うへへっ!おバカでしょ!?
そこで今回は私が所有するフェラーリミニカー全142台を撮影し、1950年のマシンから順に現役当時について書いてみたいと思います。
ただの自慢じゃん!って?
いやいや、フェラーリは1950年のF1開始からすべてのシーズンに参戦した唯一のチームなので、F1マシンの進化の歴史がわかる・・・と思います。
はい、それでは1950年のフェラーリ125F1から順に見ていきましょ〜。
今回の記事は非常に長くなっていますので、1950年代、1960年代・・・というように年代別にページを分けてあります。
次の年代を見たい場合には記事下の次のページもしくは①から⑦の数字をクリックしてみてください。
フェラーリ・125F1
- 出走時期・・・1950年-1951年
- デザイナー・・・ジョアッキーノ・コロンボ
- エンジン・・・Tipo125
- ドライバー・・・アルベルト・アスカリ、ルイジ・ヴィッロレージ
1950年のフェラーリF1参戦第1号車はフェラーリ125F1です。
へっ?フェラーリなのに赤くない?
エンツォ・フェラーリがアルファロメオのモータースポーツ責任者をしていたことでフェラーリはアルファロメオのレッドを継承した(モータースポーツにおけるイタリアのナショナルカラーはレッド)のですが、他のカラーでも参戦していたのです。
エンジン搭載位置はまだフロントミッドシップ。
そしてプロポーションは市販車に毛が生えた程度ですね。
フェラーリ・275F1
- 出走時期・・・1950年
- デザイナー・・・アウレリオ・ランプレディ
- エンジン・・・Tipo275
- ドライバー・・・アルベルト・アスカリ、フロイラン・ゴンザレスなど
そしてフェラーリ125F1の後継として同年に開発したのがフェラーリ275F1。
デザイナーがジョアッキーノ・コロンボからアウレリオ・ランプレディに変わっていますね。
まあ当時は空力など重要視されていなく、ランプレディはNAエンジン(125F1はスーパーチャージャー付き)を開発していたようです。
あっ!ノーズの跳ね馬エンブレム(カバリーノランパンテ)はこの頃からあったのですね!
フェラーリ・375F1
- 出走時期・・・1951年
- デザイナー・・・アウレリオ・ランプレディ
- エンジン・・・Tipo340、Tipo375
- ドライバー・・・アルベルト・アスカリ、フロイラン・ゴンザレスなど
フェラーリ275F1の発展型として1951年に参戦したのがフェラーリ375F1。
275F1と同型として扱われることも多いようですが、グリルの傾斜角やマフラーの取り回しなど、見た目は結構違いますね。
そしてこちらが1952年仕様。
あれ、フェラーリ375F1って1951年までしか参戦していないような・・・。
うーん、この頃の資料は多くないため、文献により結構違うんですよね。
そしてこちらがカルッツォというミニカーブランドの仕様。
ブランドによるカタチの違いも結構あるね・・・。
フェラーリ・500F2
- 出走時期・・・1952年-1953年
- デザイナー・・・アウレリオ・ランプレディ
- エンジン・・・Tipo500
- ドライバー・・・アルベルト・アスカリ、ジュゼッペ・ファリーナ、マイク・ホーソンなど
F1は参戦チームが揃わず1952年からF2規定で行われましたが、そのフェラーリマシンがフェラーリ500F2。
マシンがかなり小さくなりましたが特にノーズが短いですね。
そう、F2規定となったことで、エンジンは前年の4.5L V型12気筒から2.0Lの直列4気筒になりました。
フェラーリF1が直列4気筒・・・きっとフェラーリらしからぬ貧弱なサウンドなんだろうね。
そしてマシンサイドにあの特徴的なカタチのフェラーリエンブレムが付きました。
いやー、こちらも長い歴史があるんですね。
はい、イエロー仕様もありました。
そしてこちらは後のフェラーリ312T3のようなカラーリング。
シートがカラフルでF1マシンのシートには・・・見えないっす。
カルッツォブランドにはお決まりのドライバーフィギアが乗ってます。
フェラーリ・553F2
- 出走時期・・・1953年
- デザイナー・・・アウレリオ・ランプレディ
- エンジン・・・Tipo106
- ドライバー・・・フロイラン・ゴンザレス、ジュゼッペ・ファリーナ、マイク・ホーソンなど
翌年からのF1規定を見据えて、1953年の最終戦に投入したのがフェラーリ553F2。
サイドポッドみたいな左右の膨らみには、なんと燃料タンクを配していたらしいです。
危なくない??
そして左右の膨らみからニョキッと上に飛び出るマフラー・・・デザイン酷くない?
このマシン、『鮫』というニックネームが付けられたみたいだけど、鮫のようなカッコよさは微塵もないです。
フェラーリ・553F1
- 出走時期・・・1954年
- デザイナー・・・アウレリオ・ランプレディ
- エンジン・・・Tipo106
- ドライバー・・・フロイラン・ゴンザレス、ジュゼッペ・ファリーナ、マイク・ホーソンなど
そして1954年にF1は晴れてF1規定に戻り、前年の最終戦で投入したフェラーリ553F2の改良型フェラーリ553F1で参戦します。
だけどエンジンはF2規定の時に成功した直列4気筒(排気量は2.5Lに)を継承しました。
フェラーリが直4・・・。
こちらはマテルの上級バージョンとして発売されたモデル。
造形がかなり洗練されていていい感じです。
フェラーリ・625F1
- 出走時期・・・1954年-1955年
- デザイナー・・・アウレリオ・ランプレディ
- エンジン・・・Tipo107
- ドライバー・・・フロイラン・ゴンザレス、ジュゼッペ・ファリーナ、マイク・ホーソンなど
こちらはフェラーリ553F1と同時に参戦していたフェラーリ625F1。
553F1は新開発でしたが、この625F1は500F2の流用シャシーにF1用エンジンを搭載したモデルだったらしいです。
1954年の色違いモデル。
そして1955年仕様。
マフラーの取り回しやその下のフィン(?)の有無、エンジンのサービスホールの形状など、結構違いますね。
はい、カルッツォはフィギア付きです。
フェラーリ・555F1
- 出走時期・・・1955年
- デザイナー・・・アウレリオ・ランプレディ
- エンジン・・・Tipo106
- ドライバー・・・フロイラン・ゴンザレス、ジュゼッペ・ファリーナなど
こちらは前年型フェラーリ553F1の発展型であるフェラーリ555F1。
ぼてーとしたゆるーい感じの553F1から、いらない部分をカットして少しだけシャキッとした印象です。
ただこの頃はメルセデスW196に敵わず苦戦。
F1初年度からフェラーリのF1マシンを設計していたアウレリオ・ランプレディは、このマシンを最後にフェラーリを去りました。
ランチア・フェラーリ・D50
- 出走時期・・・1956年
- デザイナー・・・ヴィットリオ・ヤーノ
- エンジン・・・DS50(ランチア製)
- ドライバー・・・ファン・マニュエル・ファンジオ、ピーター・コリンズなど
1956年のフェラーリマシンがランチアフェラーリD50です。
ランチアフェラーリ??
おそらくF1ファンの多くが、
「フェラーリマシンなのになぜランチアの名前があるの?」
と思いますよね。
じつはこのマシン、元々ランチアのマシンとして1954年から1955年までF1に参戦していました。
しかしランチアはエースだったアスカリがモンツァサーキットで行われたレースで事故死(アスカリシケイン名称の由来)したことと資金難でF1を撤退。
その後フェラーリがランチアの6台のD50を譲り受けたのでした。
誇り高きフェラーリがF1で他のコンストラクターのマシンを走らせるなんて驚きですよね。
ちなみにサイドポッドらしきサイドの出っ張りは、ランチアD50時代はフェラーリ553F1と同じく燃料タンクでしたが、その燃料タンクは運転席後ろに移設されサイドの元燃料タンクは空洞・・・。おいおい!
そしてこのマシンのエンジンはシャシーと接合しており、現代のマシンと同様にストレスメンバー化されていました。
結構時代の最先端を行っていたみたいですね。
フェラーリ・801F1
- 出走時期・・・1957年
- デザイナー・・・ヴィットリオ・ヤーノ
- エンジン・・・DS50(ランチア製)
- ドライバー・・・マイク・ホーソーン、ピーター・コリンズなど
こちらはランチアフェラーリD50の発展型、1957年のフェラーリ801F1です。
まあ発展型といってもシャシーやエンジンが新設計され、もう別物ですね。
そして空洞化したサイドの元燃料タンクも取り払われ、いわゆる当時のフツーなカタチになりました。
フェラーリ・246F1
- 出走時期・・・1958年
- デザイナー・・・ヴィットリオ・ヤーノ、カルロ・キティ
- エンジン・・・Dino246
- ドライバー・・・マイク・ホーソーン、ピーター・コリンズ、フィル・ヒルなど
1955年のフェラーリ555F1以来、久々の純フェラーリマシンとして登場したのが1958年のフェラーリ246F1です。
まあ、と言ってもランチアからD50と一緒にデザイナーのヴィットリオ・ヤーノが移籍してきて、その彼が設計したマシンですが。
そしてデザイナーとしてヤーノとともにカルロ・キティの名前があります。
彼は後に主にエンジン設計者としてF1界に君臨しますが、私としてはスバルコローニの水平対抗12気筒エンジンを設計したヤバい人という印象。
スバリストの方すみません、あのマシン思い出したくないですよね。
ちなみに、キティ・・・可愛い名前ですがおっさんですので悪しからず。
あっ、それからこのマシンは、エンジン設計に関わったエンツォの息子アルフレードの愛称にちなんで、ディーノ246F1と呼ばれています。
はい、イエロー仕様も走っていました。
こちらはどこのミニカーブランドか忘れましたが、かなり出来がいいからマテルの上級バージョンかな。
こちらはデアゴスティーニF1マシンコレクションシリーズのixo製。比較的新しいモデルなので造形もいい感じです。
ドライバー前の風防の形状が違いますね。
エンジンカウルがクリアですが、これはエアファンネルを見せるために、ミニカー仕様でわざとこうしているのでしょうか?
フェラーリ・256F1
- 出走時期・・・1959年-1960年
- デザイナー・・・ヴィットリオ・ヤーノ、カルロ・キティ
- エンジン・・・Dino256
- ドライバー・・・フィル・ヒル、リッチー・ギンサーなど
フェラーリ246F1の発展型であるフェラーリ256F1ですが、残念ながらミニカー持ってません。
でもまあ形状は246F1と大差ないので入手する気はありません。
次のページでは1960年代のフェラーリF1ミニカーを紹介します!