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【スーパーGT/JGTC GT500】ドライバー優勝回数ランキングトップ20(1994-2023)

【第7位】脇阪寿一

優勝回数:11回

写真提供:Mさん

ここからはスーパーGTと全日本GT選手権で二桁の勝利を記録しているドライバーです。

まず1人目が歴代7位となる通算11勝のMr.GTこと脇阪寿一選手。

脇阪寿一選手は1998年に童夢からスポットで全日本GT選手権のGT500クラスにデビューします。

翌1999年から童夢のレギュラーシートを射止めると、その年の開幕戦で初優勝を記録。童夢では2000年まで参戦して2勝を上げました。

2001年から脇阪寿一選手はトヨタ系ドライバーに電撃移籍しチームルマンの所属となり、トヨタドライバー2年目の2002年にチャンピオンを獲得します。

チームルマンには2005年まで5年間在籍して4勝を記録。

2006年にトムスに移籍するとその開幕戦でいきなり優勝して2度目のチャンピオンになります。

2009年には自身3度目となる王者に輝き、2010年に5年間所属したトムスを離脱します(トムスでは4勝)。

その後クラフト、サード(1勝)、レーシングプロジェクトバンドウと渡り歩き、2015年を最後にスーパーGTを引退しました。

積み上げてきた勝利数は偶然にも自身のラッキーナンバーである11回(じゅいち=11)でした。

Rd.サーキットチームメーカーマシンタイヤ
19991鈴鹿童夢ホンダNSX-GTB
20002富士童夢ホンダNSX-GTB
20012富士ルマントヨタスープラB
20023SUGOルマントヨタスープラB
20031TI英田ルマントヨタスープラB
20033SUGOルマントヨタスープラB
20061鈴鹿トムスレクサスSC430B
20076鈴鹿トムスレクサスSC430B
20098オートポリストムスレクサスSC430B
20108もてぎトムスレクサスSC430B
20122富士サードレクサスSC430M

【第5位タイ】伊藤大輔

優勝回数:12回

伊藤大輔初優勝マシン(2000年ナカジマ)
写真提供:Mさん

歴代5位、優勝回数12回のドライバーは2人いますが、そのひとりが現在はトムス36号車のチーム監督として指揮を取る伊藤大輔選手です。脇阪寿一選手の勝利数を上回っていたとは個人的には意外でした。

そんな伊藤大輔選手のGTデビューは1999年で、GT300クラスの一ツ山レーシングからBMWをドライブしての参戦でした。

そして翌2000年にナカジマレーシングからGT500クラスにデビューすると、この年は2勝を記録します。

その後1年間チームクニミツに所属し、2002年からは無限に在籍(1勝)。2003年第5戦を最後に無限が撤退したため、第6戦から受け皿となった童夢にスライドし、そのレースで勝利を上げます。

2004年からARTAに移籍すると、2007年にはそのARTAでシーズン3勝し自身初のチャンピオンに輝きます。

すると翌2008年にトヨタ系のチームルマンに電撃移籍をしました。

そのルマンでは2012年に久々の勝利を記録。

その後2013年にトムスに移籍して2016年までの4年間で2回優勝し引退しました(2017年に1レースのみスポット参戦)。

Rd.サーキットチームメーカーマシンタイヤ
20003SUGOナカジマホンダNSX-GTB
20007鈴鹿ナカジマホンダNSX-GTB
20027MINE無限ホンダNSX-GTB
20036もてぎ童夢ホンダNSX-GTB
20057オートポリスARTAホンダNSX-GTB
20064セパンARTAホンダNSX-GTB
20072岡山国際ARTAホンダNSX-GTB
20075SUGOARTAホンダNSX-GTB
20078オートポリスARTAホンダNSX-GTB
20124SUGOルマンレクサスSC430B
20141岡山国際トムスレクサスRC FB
20155鈴鹿トムスレクサスRC FB

【第5位タイ】ブノワ・トレルイエ

優勝回数:12回

トレルイエ初優勝マシン(2003年インパル)

日産系ドライバーとして長く日本で活躍したブノワ・トレルイエ選手も歴代5位の優勝回数を記録しています。

ブノワ・トレルイエ選手は2001年の第5戦から全日本GT選手権に参戦。エントリーしたのはホンダ系童夢でした。

翌2002年の途中からチームインパルに所属すると2003年に初勝利を記録。チームインパルには2007年まで6シーズン在籍して4度の優勝を上げています。

2008年からはニスモに移籍し、この年に3勝して年間王者に輝いています。

ニスモには2011年までの4年間在籍しチームメイトの本山哲選手とのコンビで8勝を上げ、GT通算で12回の優勝を誇ります。

Rd.サーキットチームメーカーマシンタイヤ
20034富士インパル日産スカイラインGT-RB
20038鈴鹿インパル日産スカイラインGT-RB
20047鈴鹿インパル日産フェアレディZB
20066鈴鹿インパル日産フェアレディZB
20081鈴鹿ニスモ日産GT-RB
20082岡山国際ニスモ日産GT-RB
20088オートポリスニスモ日産GT-RB
20093富士ニスモ日産GT-RB
20095SUGOニスモ日産GT-RB
20112富士ニスモ日産GT-RB
20117オートポリスニスモ日産GT-RB
20118もてぎニスモ日産GT-RB

【第4位】本山哲

優勝回数:16回

2018年スーパーフォーミュラ第4戦にて

長く国内トップドライバーとして活躍した本山哲選手はGT通算16勝で歴代4位です。

本山哲選手は1996年にホシノレーシング(チームインパル)から全日本GT選手権のGT300クラスにエントリーを開始します。

そして翌1997年にチームインパルのGT500クラスのレギュラーシートを獲得。翌年には当時日産勢だったARTAに移籍するも優勝することなく1999年にニスモに移籍します。

そのニスモで初優勝を経験。

そして2000年にチームインパルに復帰して1勝を上げます。

2002年にはふたたびニスモに移籍して、2003年には未勝利ながら初のチャンピオンになります。

2004年は2勝を記録しシリーズ連覇を達成しました。

その後も日産のエースとして2012年まで長きに渡りニスモに在籍します。

2013年には前年のチャンピオンチームであるモーラに移籍し、チームが撤退する2017年まで所属して1勝を上げています。

2018年にはモーラの代わりにGT500に上がったNDDPレーシングに移りますが勝利はなく、この年を最後にGT500クラスを引退しました。

Rd.サーキットチームメーカーマシンタイヤ
19994MINEニスモ日産スカイラインGT-RB
20006MINEインパル日産スカイラインGT-RB
20041TI英田ニスモ日産フェアレディZB
20046オートポリスニスモ日産フェアレディZB
20053セパンニスモ日産フェアレディZB
20068オートポリスニスモ日産フェアレディZB
20073富士ニスモ日産フェアレディZB
20081鈴鹿ニスモ日産GT-RB
20082岡山国際ニスモ日産GT-RB
20088オートポリスニスモ日産GT-RB
20093富士ニスモ日産GT-RB
20095SUGOニスモ日産GT-RB
20112富士ニスモ日産GT-RB
20117オートポリスニスモ日産GT-RB
20118もてぎニスモ日産GT-RB
20153チャーンモーラ日産GT-RM

次のページではGT優勝回数トップ3を発表します!

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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。