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F1伝説のカーナンバー【27】を付けて参戦した全ドライバー

伝説となったカーナンバー【27】を受け継いだドライバー(1990年代)

アイルトン・セナ(1990年)
チームドライバー
1990年マクラーレンアイルトン・セナ
1991年フェラーリアラン・プロスト(1-15)
ジャンニ・モルビデリ(16)
1992年フェラーリジャン・アレジ
1993年フェラーリジャン・アレジ
1994年フェラーリジャン・アレジ(1,4-16)
ニコラ・ラリーニ(2-3)
1995年フェラーリジャン・アレジ

1980年代はフェラーリのみが付けたカーナンバー【27】でしたが、1990年にチャンピオンナンバーとともにアラン・プロストがフェラーリ入りしたため、入れ替わりで【27】はマクラーレンへ移り、そのエースであるアイルトン・セナが付けることになります。

ジル・ヴィルヌーヴとともに伝説のドライバーのひとりであるセナも、当時すでに神格化されていたこのカーナンバーを付けていたのですね。

セナとプロストは激しくチャンピオンシップ争いを繰り広げますが、その戦いはマクラーレンのセナに軍配が上がり、翌1991年にカーナンバー【27】はフェラーリに戻り、プロストが付けることになります。

しかしプロストは不振のフェラーリを批判し最終戦を前にフェラーリを放出され、最終戦は代役を務めたニコラ・ラリーニが【27】を付けます。

ジャン・アレジ(1992年)

1992年のフェラーリは若きジャン・アレジがエースに昇格。

アレジは幼少期よりジル・ヴィルヌーヴの大ファンで、「フェラーリの【27】を付けたい!」という本人の希望により前年のカーナンバー【28】から【27】に変更します。

ジャン・アレジ(1995年)

当時のフェラーリは戦闘力でトップチームから大きく水をあけられていましたが、アレジはじゃじゃ馬フェラーリをねじ伏せるようにドライブし、その姿が往年のヴィルヌーヴを彷彿とさせティフォシに愛されたドライバーになり、1995年までの4年間でアレジはカーナンバー【27】をさらに輝かせました。

1996年から2013年は、カーナンバー【3】以下を前年のコンストラクターズ順位により与えられるようになった※ため、その間F1は20台から24台のエントリーで使われたカーナンバーは最大【25】だったので、カーナンバー【27】がどのチームにも与えられることはありませんでした。

※カーナンバー【13】は欠番

伝説となったカーナンバー【27】を受け継いだドライバー(2010年代)

ニコ・ヒュルケンベルグ(ルノー)
チームドライバー
2014年フォースインディアニコ・ヒュルケンベルグ
2015年フォースインディアニコ・ヒュルケンベルグ
2016年フォースインディアニコ・ヒュルケンベルグ
2017年ルノーニコ・ヒュルケンベルグ
2018年ルノーニコ・ヒュルケンベルグ
2019年ルノーニコ・ヒュルケンベルグ
2020年

2014年からF1は『ドライバー固有カーナンバー制』になり、ドライバーが自身の好きなカーナンバーを選べるようになります。

そこでカーナンバー【27】をどのドライバーが選択するのかに注目が集まりました。

私も当時のフェラーリドライバーであったフェルナンド・アロンソやキミ・ライコネンが選択してくれることを願っていましたが、結果はニコ・ヒュルケンベルグ・・・。

正直ショックでした・・・。

理由は、

「誕生日(8月19日)の8と19を足した数字で、単純にクールな番号だから」

だそうです・・・。

カーナンバー【27】使用年数ランキング

それでは最後にカーナンバー【27】を長く使用したドライバーやチームをランキングで見てみましょう。

ドライバー別【27】使用年数ランキング

ニコ・ヒュルケンベルグ
順位ドライバーシーズン
1ニコ・ヒュルケンベルグ6
2ミケーレ・アルボレート5
3ジャン・アレジ4
4アラン・ジョーンズ3
5マリオ・アンドレッティ2

ドライバー部門では自身のカーナンバーとして選択したニコ・ヒュルケンベルグが6年間ともっとも長く使用し、2位はイタリア人としてフェラーリに5年間所属したミケーレ・アルボレートでした。

3位はジル・ヴィルヌーヴを彷彿としたドライビングでティフォシに愛されたジャン・アレジが4年間使用し、アラン・ジョーンズとつづきます。

ちなみにジル・ヴィルヌーヴは1年と5戦しか使用していませんが、その間にカーナンバー【27】を現代にまで語り継がれるF1界No.1の数字に変えたことは、驚異的だと思います。

チーム別【27】使用年数ランキング

順位チームシーズン
1フェラーリ14
2ウィリアムズ3
2フォースインディア3
2ルノー3
5パーネリ2

チーム部門ではフェラーリがジル・ヴィルヌーヴが付けた後も長い間カーナンバー【27】を使用し、フェラーリのエースナンバーの象徴でした。

まとめ

チームドライバー
1974年エンバシーヒルガイ・エドワーズ(1-2, 4-9, 11)
ピーター・ゲシン(10)
ロルフ・シュトメレン(12-15)
1975年パーネリマリオ・アンドレッティ
1976年パーネリマリオ・アンドレッティ
1977年リジェジャン=ピエール・ジャリエ(17)
1978年ウィリアムズアラン・ジョーンズ
1979年ウィリアムズアラン・ジョーンズ
1980年ウィリアムズアラン・ジョーンズ
1981年フェラーリジル・ヴィルヌーヴ
1982年フェラーリジル・ヴィルヌーヴ(1-5)
パトリック・タンベイ(9-16)
1983年フェラーリパトリック・タンベイ
1984年フェラーリミケーレ・アルボレート
1985年フェラーリミケーレ・アルボレート
1986年フェラーリミケーレ・アルボレート
1987年フェラーリミケーレ・アルボレート
1988年フェラーリミケーレ・アルボレート
1989年フェラーリナイジェル・マンセル
1990年マクラーレンアイルトン・セナ
1991年フェラーリアラン・プロスト(1-15)
ジャンニ・モルビデリ(16)
1992年フェラーリジャン・アレジ
1993年フェラーリジャン・アレジ
1994年フェラーリジャン・アレジ(1,4-16)
ニコラ・ラリーニ(2-3)
1995年フェラーリジャン・アレジ
1996年-2013年
2014年フォースインディアニコ・ヒュルケンベルグ
2015年フォースインディアニコ・ヒュルケンベルグ
2016年フォースインディアニコ・ヒュルケンベルグ
2017年ルノーニコ・ヒュルケンベルグ
2018年ルノーニコ・ヒュルケンベルグ
2019年ルノーニコ・ヒュルケンベルグ
2020年

カーナンバー【27】は伝説のカーナンバーになる前に、のちにチャンピオンとなるマリオ・アンドレッティが使用し、アラン・ジョーンズは【27】でチャンピオンを獲得。

ジル・ヴィルヌーヴが付けた後も、ナイジェル・マンセルやアラン・プロスト、そしてアイルトン・セナなど、多くのチャンピオンが1度は使用したカーナンバーでした。

そしてドライバー固有ナンバー制が導入されて以降はニコ・ヒュルケンベルグが6年間使用しましたが、2019年シーズンを最後にF1を離脱し、2020年のF1に【27】を付けたドライバーは居なくなりました。

ドライバー固有ナンバー制のルールは丸2年間そのカーナンバーを使用しないとフリーになり、他のドライバーが選択できることになっており、2020年・2021年とヒュルケンベルグがF1に参戦しなければ2022年から他のドライバーが選択できるようになります。

私としてはフェラーリのマシンに掲げられたカーナンバー【27】が見たい!

シャルル・ルクレール

その時のフェラーリのエースは契約が2024年まで残っているシャルル・ルクレールだと思われるので、是非ともカーナンバー【27】に変更を申し出てもらいたいと思うのですが・・・。

以上、今回はF1伝説のカーナンバー【27】について書いてみました。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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奥が深いモータースポーツ撮影の世界
MOTORSPORT撮影術

モータースポーツ撮影歴18年。腕に覚えは全く無いが、知識だけは豊富なワタクシぴぴが、レース撮影について偉そうに解説します。




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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。