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2010年代にF1を撤退した11のコンストラクター

2018年を最後にF1を撤退したコンストラクター

DATA
  • ザウバー(1993-2005,2010-2018)
  • フォースインディア(2008-2018)
  • フォースインディア(新)(2018)

2018年はザウバーとフォースインディアが消滅しています。

ザウバー(1993-2005,2010-2018)

ザウバーC37(2018)
2018年F1日本GPにて

ザウバーはモータースポーツが禁止されていたスイスでは珍しいレーシングコンストラクター。しかし2019年から自動車メーカーアルファロメオのネーミングライツにより、コンストラクター名をアルファロメオに変更。コンストラクターとしてのザウバーは2018年で消滅しました。

メルセデスと提携しル・マン24時間などのスポーツカーによる耐久レースに参戦していたザウバーは、そのメルセデス(マシンにConsepted By Mercedes Benzと入っていた)と手を組み1993年からF1に参戦を開始します。ちなみに初年度のエンジンはイルモア製でしたが、1994年からメルセデスがイルモアを買収し正式にメルセデス製になりました。

1993年と1994年はともに12ポイント(当時の入賞は6位まで)を獲得し、新参チームながら存在感を示します。

メルセデスとの提携は1994年で終了し、1995年からフォードのワークスエンジン、ゼテックRを搭載すると、この年の第12戦イタリアグランプリでチーム初の表彰台を獲得。

1996年にはその後長くチームをサポートすることになるペトロナスの大口スポンサーを獲得します。

ザウバーC22(2003)
2003年F1日本GPにて

1997年からはフェラーリの1年落ちのカスタマーエンジンを搭載。その後9年にも及ぶフェラーリとの提携関係が続きます。この頃の成績は常に中堅。派手なレースはありませんでしたが、ザウバーらしい堅実なレース運びで、着実にポイントを積み重ねました。

2005年のシーズン中盤にBMWに売却されることを発表。ザウバーはこの年限りで一旦幕を閉じ、チームはBMWザウバーとして参戦します。

2009年限りでBMWがF1を撤退。ザウバーの創始者、ペーター・ザウバーがチームを買い戻し、2010年からザウバーが復活します。

そんな復活ザウバーの日本人F1ファンの注目は小林可夢偉選手の加入。2010年の序盤戦はフェラーリエンジンの信頼性問題もありましたが、マシンの基本性能は高く、特に小林可夢偉選手が多くのポイントを獲得しました。2011年も前年の勢いそのままに中団チームの中心として活躍。

2012年は予選決勝で上位チームを脅かすパフォーマンスを発揮。第2戦マレーシアグランプリではセルジオ・ペレス選手がチーム創設以来初となる2位に入ると、続く第3戦中国グランプリでは小林可夢偉選手が予選3位を獲得。スタートで出遅れるもチーム初のファステストラップを記録しました。

その後はペレス選手がカナダグランプリとイタリアグランプリで表彰台に上がり、可夢偉選手が地元日本グランプリで予選3位からスタートで2位に上がり、結果自身初の3位に入り表彰台に上がり、日本のF1ファンは大いに沸きました。

2012年はザウバーとして最高の記録を残したシーズンでしたが、創設者のペーター・ザウバーが退いたことも影響し、その後は徐々にチーム力が低下し、2014年にはついにチーム創設以来初のノーポイントに終わります。

アルファロメオC38(2019)
2019年F1日本GPにて

資金難に陥ったザウバーは2018年にアルファロメオと提携。そして2019年には前述のとおりネーミングライツによりコンストラクター名をアルファロメオに改名し、ザウバーの名がF1から消えました。

ただ、あくまでもチームの運営はザウバーが行っており、今後グランプリにザウバーが復活する可能性は十分にあリます。

フォースインディア(2008-2018)

2008年からF1に参戦したフォースインディアも2018年を最後にF1を去っています。

フォースインディアは2008年にジョーダンが源流のスパイカーを買収してF1に参戦を開始します。ちなみにチームオーナーは名称のとおりインドの実業家ビジェイ・マリヤで、国籍はインドでした。

参戦当初は厳しい成績が続きますが、参戦2年目のベルギーグランプリでチーム初の2位表彰台を獲得します。

そして3年目となる2010年からは中団チームの一角になります。一時期はチャンピオン争いもしていたジョーダンが母体のフォースインディアの能力は高く、少々の浮き沈みをしながらも年を追うごと着実に中団トップクラスにチーム力を押し上げます。

そして2016年にはメルセデスパワーユニットのアドバンテージもあり、コンストラクターズランキング4位を獲得。続く2017年はチーム最高得点となる187ポイントで2年連続コンストラクターズ4位になりました。

しかしこの年の4月にチーム代表のビジェイ・マリヤが詐欺罪で逮捕されると、資金不足が表面化。

2018年シーズンは深刻な資金難に陥り、第12戦ハンガリーグランプリでチームの破産手続を始めたことを発表。これによりチーム代表マリヤの所有権が消滅し、管財人の管理下で売却先を模索。結果ウィリアムズからF1に参戦するランス・ストロール選手の父親である資産家のローレンス・ストロールへの売却が決定しました。

第13戦以降もコンストラクター名をフォースインディアとして参戦しましたが、新規参戦とみなされ、2008年から参戦したフォースインディアは2018年ハンガリーグランプリを以て、F1活動を終了しました。

フォースインディア(新)(2018)

フォースインディアVJM11
2018年F1日本GPにて

前述の2010年から参戦したフォースインディアが、2018年ハンガリーグランプリ終了後に資産家のローレンス・ストロールへ売却し、レーシングポイントフォースインディアのチーム名で参戦しましたが、コンストラクター名は引き続きフォースインディアとしてエントリーしました。

しかしこの2018年ベルギーグランプリから参戦したフォースインディアは、それ以前とは別のコンストラクターとして扱われています。

2019年以降はコンストラクター名をレーシングポイントに改めたため、新生フォースインディアは2018年の第13戦から最終戦までの9戦の参戦で終了しています。

2019年を最後にF1を撤退したコンストラクター

DATA
  • トロロッソ(2006-2019)

2019年を最後にトロロッソの名がグランプリから消えました。

トロロッソ(2006-2019)

トロロッソSTR14(2019)
2019年F1日本GPにて

トロロッソはレッドブルのセカンドチームとして2006年からF1に参戦したコンストラクターでした。本拠はイタリアで、名称の由来はイタリア語で赤い雄牛→レッドブルです。

2005年11月に長年F1に参戦していたミナルディをレッドブルが買収し、2006年からトロロッソとして参戦しました。

トロロッソSTR3(2008)

参戦初期から中期にかけてはエンジンカウルに描かれた雄牛のイラストが特徴でしたが、これはすべて同じデザイナーによってエアブラシでペイントされていました。

2006年はレッドブルが前年に使用したマシンに、特例として回転数を落としたV型10気筒エンジン(他チームはすべてV8)を搭載し参戦。第10戦のアメリカグランプリでチーム初の8位入賞を果たしています。翌2007年からはフェラーリエンジンに換装。

2008年はトロロッソにとって特別な年でした。前年からチームに加入した若手の有望株、セバスチャン・ベッテル選手が着実にポイントを重ねます。

そして迎えた第14戦の地元イタリアグランプリ。雨の予選でQ2トップタイムをマークしたベッテル選手は、Q3でも勢いそのままに史上最年少でのポールポジションを奪取。チームにとっても初となる栄誉でした。

雨のためセーフティカー先導で始まった決勝レースでは、セーフティカーアウト後もポールポジションのベッテル選手は危なげなくトップを快走。最初のタイヤ交換によるピットイン以外では首位を譲らず、2位を12秒以上引き離す走りで、チームにとって、そしてベッテル選手にとっても初となる優勝を飾りました。結局この勝利はトロロッソにとって唯一の勝利となりました。

2009年にマシンレギュレーションが大きく変更になると成績は大きく低迷し、コンストラクターランキング最下位に。親チームのレッドブルから技術供与を受けるトロロッソにとって、マシンレギュレーションの大幅アップデートは大敵なのです。

その後は少しずつですがチーム力を回復し、2014年にはコンストラクターズ7位まで順位を上げます。

トロロッソSTR12(2017)

2017年にはカラーリングを刷新。参戦以来エンジンカウルに描かれた雄牛のイラストが特徴でしたが、この年からレッドブル缶のイメージを踏襲したカラーリングに変更し、好評を得ました。

2018年からはマクラーレンと訣別したホンダ製パワーユニットを搭載し、チーム初となるワークスエンジンを獲得します。

初年度こそ提携の発表が遅れたことが原因で、準備不足から空力面での熟成不足が顕になりましたが、ホンダと協調して製造した2019年は好調を維持し、第11戦のドイツグランプリでは2008年以来の表彰台を獲得。さらに第20戦のブラジルグランプリでは2位に入り、コンストラクターズ順位6位を獲得しました。

そんな2019年のシーズン中にレッドブルは、同社が所有するファッションブランドのプロモーションのために、トロロッソを2020年からアルファタウリに名称変更することを発表します。これにより14年に渡るトロロッソの歴史に幕を閉じました。

まとめ

2010年代は以下のコンストラクターがグランプリから去りました。

No.コンストラクター名初参戦最終年
1ロータス(マレーシア)20102011
2ヴァージン20102011
3HRT20102012
4ケータハム20122014
5マルシャ20122015
6ロータス(エンストン)20122015
7MRT(マノー)20162016
8ザウバー19932018
9フォースインディア20082018
10フォースインディア(新)20182018
11トロロッソ20062019

2010年にバーニー・エクレストン主導で3つの新規コンストラクターが加入しましたが、いずれも名称を変えながら2016年までにすべてが撤退。またザウバーやトロロッソ、フォースインディアという、F1で一定の地位を築いたコンストラクターもグランプリを去りました。

ただ1990年代に撤退したコンストラクターが24、2000年代の14と比べると、2010年代は撤退数が減っています。

これは近年の各F1チームの母体が強大になり資金面で安定したことや、レギュレーションである程度保護されたこともあるのかもしれません。

2021年からF1にコストキャップ制度が導入され、予算が制限されるようになりました。この制度がうまく機能し、資金不足による既存コンストラクターの撤退が少しでも減ってくれることを切に願います。

1990年代、2000年代にF1を撤退したコンストラクターは下記の記事で紹介していますので、興味のある方はどうぞ。

以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。