トヨタ
F1チーム成績
F1参戦 | 2002年-2009年 |
出走回数 | 140 |
コンストラクターズ最高位 | 4位 |
決勝最高位 | 2位 |
ポールポジション | 3 |
ファステストラップ | 3 |
会社概要
市販車製造 | 1936年-(トヨダAA型) |
売上高 | 連結:29兆9266億9200万円(2020年3月) 単独:12兆7297億3100万円(2020年3月) |
純利益 | 連結:2兆5546億700万円(2020年3月) 単独:1兆7353億6500万円(2020年3月) |
従業員 | 連結:370,870人(2019年3月) 単独:74,515人(2019年3月) |
日本が誇る大規模自動車メーカーのトヨタも2002年からマシンとエンジンを製作するフルコンストラクターとしてF1に参戦していました。
ドイツケルンのTMGを母体として2000年に発足したトヨタF1の国籍は日本で、1960年代のホンダ、1970年代のマキ・コジマに続いて4チーム目のエントリーでした。
そして2002年よりF1に参戦し、ポールポジションを3度獲得し、コンストラクターズ最高位は2005年の4位でしたが、膨大な資金を投入しながらも決勝では優勝という壁には阻まれ、最高位は5回の2位で、2009年にリーマンショックによる経営悪化から撤退しました。
世界最大規模の自動車メーカーが当時のトップチームと同等か、それ以上の資金を投入してもチャンピオンどころから勝利すらもあげられず、F1資金だけではなく、F1の一種独特な世界に精通した人材の確保や政治的な駆け引きなど、さまざまな要素がからみ合わないと勝利すらもできないことを知らされました。
アルファロメオ
F1チーム成績
F1参戦 | 1950年-1951年 1963年 1965年 1979年-1985年 2019年- |
出走回数 | 133 |
コンストラクターズタイトル | 0 |
優勝 | 10 |
ポールポジション | 12 |
ファステストラップ | 14 |
会社概要
市販車製造 | 1910年- |
現在の主要株主 | フィアット・クライスラー・オートモービルズ |
売上高 | 不明 |
純利益 | 不明 |
従業員 | 不明 |
1950年のF1世界選手権初年度に、ファン・マニュエル・ファンジオにより7戦6勝という圧倒的な速さで初代ドライバーズチャンピオンを獲得したのがアルファロメオで、翌1951年もファンジオが2年連続してチャンピオンを獲得しますが、資金難からこの年限りでF1を撤退します。
ちなみにかつてアルファロメオのモータースポーツ責任者にいたエンツォ・フェラーリは、1951年シーズンに自らのチームがアルファロメオに初めて勝利したとき、「私は母を殺してしまった!」という言葉はあまりにも有名ですね。
1963年と1965年に一時的にF1参戦しましたが、1976年にエンジン供給というカタチでF1に本格復帰をします。
そして1979年からはコンストラクターとして復帰しますが、撤退する1985年までの間に優勝はなし、コンストラクターズ最高位は6位という結果に、1950年代の栄光とはかけ離れた成績でした。
その後2018年からザウバーのタイトルスポンサー『アルファロメオザウバー』としてF1に参戦し、2019年には単独名義の『アルファロメオレーシング』になり現在に至ります。
ちなみにF1の公式記録では1950年から1985年までのアルファロメオと、2019年以降の『アルファロメオレーシング』は別のチームとしてカウントしています。
F1に参戦した小規模自動車メーカー
つづいては過去にF1に参戦した自動車メーカーのうち、少量の高級スポーツカーを製造する自動車メーカーを紹介します。
ヴェンチュリー
F1チーム成績
F1参戦 | 1992年 |
出走回数 | 16 |
コンストラクターズ最高位 | 13位 |
ドライバーズ最高位 | 19位 |
決勝最高位 | 6位 |
ポールポジション | 0 |
ファステストラップ | 0 |
会社概要
市販車製造 | 1986年-(MVS Venturi) |
売上高 | 不明 |
純利益 | 不明 |
従業員 | 不明 |
ヴェンチュリーはフランスの小規模自動車メーカーで、高級スポーツカーを製造しています。
1991年末にラルースが日本で言う民事再生法を申請すると、ヴェンチュリーが再生支援に参加してオーナーになり、コンストラクター名をヴェンチュリーとしてF1に参戦しましたが、1992年年シーズン半ばに資本を引き揚げたため1年のみの参戦となりました。
名前は自動車メーカーのヴェンチュリーを名乗っていましたが、資金提供のみでヴェンチュリーF1の実態は市販車部門とは別物でした。
スパイカー
F1チーム成績
F1参戦 | 2007年 |
出走回数 | 17 |
コンストラクターズ最高位 | 10位 |
決勝最高位 | 8位 |
ポールポジション | 0 |
ファステストラップ | 0 |
会社概要
市販車製造 | 2000年-(スパイカーC8スパイダー・C8ラヴィオレット) |
現在の主要株主 | ムダバラ・ディペロプメント・カンパニー(17%) |
売上高 | 不明 |
純利益 | 不明 |
従業員 | 不明 |
スパイカーはオランダの小規模高級スポーツカーメーカーです。
F1には2006年9月にMF1レーシング(ミッドランド)を買収し2006年シーズン後半からスパイカーMF1チームとして参戦。
2007年もスパイカーとしてひきつづき参戦をしましたが、会社の経営が悪化し、2007年9月にキングフィッシャー航空のビジェイ・マリヤ会長らにチームを売却しF1活動を終了しました。
1年のみの参戦でしたが、2007年後半戦より山本左近選手が所属したため、日本人にも認知度があるチームですね。
ケータハム
F1チーム成績
F1参戦 | 2012年-2014年 |
出走回数 | 56 |
コンストラクターズ最高位 | 10位 |
決勝最高位 | 11位 |
ポールポジション | 0 |
ファステストラップ | 0 |
会社概要
市販車製造 | 1973年-(ケータハムセブンシリーズ4) |
売上高 | 不明 |
純利益 | 不明 |
従業員 | 不明 |
2010年にロータスレーシング(1958年から1994年まで参戦したチームロータスとは別)としてF1に参戦したチームが母体で、ロータスの名称問題からオーナーのトニー・フェルナンデスが買収していた自動車メーカーのケータハムの名義をF1チームに付けて、2012年に『ケータハムF1チーム』としてF1に参戦します。
マイク・ガスコインやマーク・スミスなど名のあるエンジニアを獲得し、2010年にF1に加入した新参3チームの中ではもっとも頑張っていましたが、結局既存のF1チームとの差は歴然で、2014年を最後に入賞を1度もできずに撤退しました。
2020年現在、最後の日本人F1ドライバーである小林可夢偉が所属したチームとして日本人にも馴染みのあるチームですね。
F1活動が中心の自動車メーカー
最後はF1チームの運営が中心で、高級スポーツカーも製造する自動車メーカーを紹介します。
フェラーリ
F1チーム成績
F1参戦 | 1950年- |
出走回数 | 993 |
コンストラクターズタイトル | 16 |
ドライバーズタイトル | 15 |
優勝 | 237 |
ポールポジション | 228 |
ファステストラップ | 253 |
会社概要
市販車製造 | 1947年-(フェラーリ250) |
現在の主要株主 | エクソール(23.5%) ピエロ・フェラーリ(10%) |
売上高 | 28億5400万ユーロ(2015年) |
純利益 | 2億9000万ユーロ(2015年) |
従業員 | 2,850人(2014年) |
現行車種 (2020年現在) | 812スーパーファスト GTCルッソ ポルトフィーノ F8トリブート ローマ |
アルファロメオのレース部門の総責任者であったエンツォ・フェラーリが独立し設立したフェラーリは、イタリアのマラネロに本拠を置き、1950年のF1初開催年度から参戦する唯一のコンストラクター。
市販車部門はレース資金を捻出するために設立したと言われており、現在はフィアット傘下で超高級スポーツカーを生産するメーカーです。
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