スーパーGT消えたチーム新参入チームは?GT500エントラント推移

モータースポーツ中毒者のぴぴと申します。

スーパーGTは2005年の開幕からトップカテゴリーのGT500クラスにトヨタ(レクサス)・日産・ホンダの日本三大自動車メーカーが参戦していますが、そのメーカーのマシンを与えられて出場するチームは2005年から現在まで変わらず参戦しているチームもあれば、消えていったチーム、新たに参入したチームもあります。

そこで今回は、そのスーパーGT GT500クラスに参戦するエントラントの推移を自動車メーカー毎に見ていきたいと思います。

トヨタ(レクサス)系GT500チームの推移

#6#25#34#35#36#37#38#39#19
2005ルマンつちやクラフトクラフトトムストムスセルモサード
2006ルマンつちやクラフトトムスセルモサード
2007ルマンつちやクラフトトムスセルモサード
2008ルマンつちやクラフトトムスセルモサード
2009ルマンクラフトトムスセルモサード
2010ルマンクラフトトムスセルモサード
2011ルマンクラフトトムスセルモサードバンドウ
2012ルマンクラフトトムスセルモサードバンドウ
2013ルマントムストムスセルモサードバンドウ
2014ルマントムストムスセルモサードバンドウ
2015ルマントムストムスセルモサードバンドウ
2016ルマントムストムスセルモサードバンドウ
2017ルマントムストムスセルモサードバンドウ
2018ルマントムストムスセルモサードバンドウ
2019ルマントムストムスセルモサードバンドウ

チームルマン #6

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001999年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在

トヨタ系レーシングチームとして1999年に全日本GT選手権に参戦し、スーパーGT以降もトヨタ(レクサス)マシンで現在も参戦を続けています。

多くのトヨタ(レクサス)系レーシングチームの中でも、セルモと並びトムスに次ぐ伝統と格式を持ったチームで、多くのファンを魅了し続けています。

トムス #36・#37

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001995年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在

古くからトヨタモータースポーツ活動の中心的レーシングチームのトムスは、1995年から全日本GT選手権に参戦し、1999年から2000年は3台ものマシンをGT500クラスにエントリーさせていました。

スーパーGTになってからもトヨタのエースチームとして活躍し、2019年現在、全エントリーチームの中で唯一ワンツーフィニッシュが狙えるチームとして2台体制で参戦します。

【レーシングチーム紹介】第3弾 TOM`S(トムス)

2019年6月1日

セルモ #38

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001995年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在

1995年より全日本GT選手権に参戦し、1999年から2002年までは2台体制でエントリーしていたセルモは、2019年現在もトヨタ(レクサス)系の強豪レーシングチームとしてスーパーGTに参戦しています。

創業者はバテさんの愛称で国内レース関係者に知られる名物エンジニアの佐藤正幸氏で、現在は所属ドライバーである石浦宏明選手と立川祐路選手がともに取締役と監督を勤めています。

【レーシングチーム紹介】第5弾 CERUMO(セルモ)

2019年6月26日

サード #39

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001994年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在

トヨタの元副社長の御子息である加藤眞氏が設立したサードは、トヨタ系レーシングチームの中で唯一、1994年の全日本GT選手権初年度(第4戦のスポーツランドSUGO戦)から参戦を続けています。

トヨタ(レクサス)系レーシングチームの中では比較的地味な存在だと私は思いますが、所属するドライバーは現在のヘイキ・コバライネン選手を初めとして、過去には小林可夢偉選手や高木虎之介選手などF1で活躍した強力な布陣です。

【レーシングチーム紹介】第8弾 SARD(サード)

2019年9月25日

レーシングプロジェクトバンドウ #19

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT500参戦無し
スーパーGT GT5002011年〜現在

1997年に全日本GT選手権のGT300クラスにエントリーしたレーシングプロジェクトバンドウは、強豪プライベーターとして長くGT300を戦いました。

GT500クラスに昇格をしたのが2011年で、以来他のトヨタ(レクサス)系レーシングチームとは一味違う味があるチームとして最上位クラスを戦います。

ご存知、創業者は泣く子も黙る!?現GTA会長の坂東正明氏です。

クラフト #34・#35

2012年11月 JAF GP 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5002002年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜2012年

1999年に全日本GT選手権GT300クラスに参戦を開始したクラフトは、参戦初年度のマシンはあの86トレノで、私も強烈に印象に残っています。

2002年にGT500クラスに昇格し、スーパーGT初年度の2005年には2台体制で参戦しました。

しかし2012年を最後にGT500クラスへの参戦を断念し、ボンズレーシングにチーム名を変更しGT300クラスにエントリーするも第2戦を最後にスーパーGTを撤退しました。

つちやエンジニアリング #25

現在はGT300に参戦する 2019年8月 スーパーGT公式テスト スポーツランドSUGO
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5002000年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜2008年

1996年に全日本GT選手権GT300クラスにMR2で参戦を開始し、2000年にGT500クラスへ昇格したつちやエンジニアリングは、参戦コストの高騰などを理由に2008年を最後にスーパーGTを撤退します。

その後2015年からはGT300クラスで7年ぶりにスーパーGTに参戦します。

チームの合言葉は「Road to GT500」でGT500クラス復帰を目指します。

日産系GT500チームの推移

#3#12#22#23#24#46#3
2005ハセミインパルニスモニスモ
2006ハセミインパルニスモニスモKONDO
2007ハセミインパルニスモニスモKONDO
2008ハセミインパルニスモニスモKONDO
2009ハセミインパルニスモKONDO
2010インパルニスモKONDO
2011インパルニスモKONDOモーラ
2012インパルニスモKONDOモーラ
2013インパルニスモKONDOモーラ
2014インパルニスモKONDOモーラ
2015インパルニスモKONDOモーラ
2016インパルニスモKONDOモーラ
2017インパルニスモKONDOモーラ
2018インパルニスモKONDONDDP
2019インパルニスモKONDONDDP

チームインパル #12

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001994年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在

代表の星野一義氏はご存知元レーシングドライバーで、現役時代は日本一速い男と言われて、日産のエースとして活躍してきました。

もちろんチームとしても日産との関わりは深く、日産系レーシングチームとしてニスモに次ぐポジションにいます。

全日本GT選手権には1994年のシリーズ開幕から参戦しており、その初年度にチャンピオン(当時はホシノレーシング)を獲得しました。

2019年現在、全チームで唯一全日本GT選手権開幕からスーパーGTまで全レースに出場しています。

【レーシングチーム紹介】第1弾 TEAM IMPUL(チームインパル)

2019年4月16日

ニスモ #22・#23

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001993年※〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在

ニスモは全日本GT選手権に1993年※から参戦し、多くのタイトルを獲得してきました。

※ シリーズ運営母体が異なるため、一般的に1993年はノーカウントで全日本GT選手権の開幕は1994年としている。

トヨタと結びつきの深いトムスや、本田宗一郎氏の御子息が創業者の無限も、自動車メーカーとの資本関係は無い中、ニスモは唯一日産出資100%子会社で純粋なメーカー系ワークスチームです。

スーパーGTの中でも、もっともファンの多いチームとして知られています。

【レーシングチーム紹介】第4弾 NISMO(ニスモ)

2019年6月12日

KONDOレーシング #24

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT500参戦無し
スーパーGT GT5002006年〜現在

日本国民の誰もが知る芸能人マッチこと近藤真彦が代表を務めるレーシングチームで、スーパー GT発足2年目の2006年より現在まで参戦をしています。

2019年よりGT500クラスに加えGT300クラスにも参戦を開始し、年々勢力を増すレーシングチームです。

NDDPレーシング #3

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT500参戦無し
スーパーGT GT5002018年〜現在

NDDPは日産ドライバーデペロップメントの略称で、日産系若手ドライバーの育成プログラムです・・・って言っても今のスーパーGT のドライバーラインナップは、育成プログラムの卒業生ではありません。

スーパーGTには2012年にGT300クラスに参戦を開始し、2018年にGT500クラスに昇格した、2019年現在スーパーGT GT500クラス参戦中、もっとも若いレーシングチームです。

ハセミモータースポーツ #3

ハセミのGT写真が無いのでシルエットフォーミュラ
2016年11月 SUZUKA Sound of ENGINE 2016
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001994年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜2009年

全日本GT選手権初年度の1994年から参戦を開始したハセミモータースポーツは、日産系レーシングチームとしてチームインパルと並びニスモに次ぐチームでしたが、2009年を最後にGT500クラスから撤退します。

2010年にはGT300で参戦しましたが1年で撤退し、現在はレーシングチームとしての活動は行なっておりません。

モーラ #46

2017年5月 スーパーGT 第2戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT500参戦無し
スーパーGT GT5002011年〜2017年

モーラは2005年よりスーパーGT GT300クラスに参戦を始め、2008年にGT300クラスのタイトルを獲得します。

2011年よりGT500クラスに昇格し、初年度にいきなりGT500クラスのチャンピオンを獲得し、翌2012年も連覇します。

日産系レーシングチームとしては、ニスモ以外にチャンピオンを獲得した唯一のチームになります。

しかし2017年を最後にスーパーGTを撤退しました。

ホンダ系GT500チームの推移

#8#18#32
#64※1
#100#17#15#16
2005ARTA
※2
童夢
※2
ナカジマ国光
2006ARTA
※2
童夢
※2
ナカジマ国光
2007ARTA童夢ナカジマ国光リアル
2008ARTA童夢ナカジマ国光リアル
2009ARTA童夢ナカジマ国光リアル
2010ARTA童夢ナカジマ国光リアル
2011ARTA童夢ナカジマ国光リアル
2012ARTA童夢ナカジマ国光リアル
2013ARTA童夢ナカジマ国光リアル
2014ARTA童夢ナカジマ国光リアル
2015ARTAナカジマ国光リアルドラゴ
2016ARTAナカジマ国光リアルドラゴ
2017ARTAナカジマ国光リアル無限
2018ARTAナカジマ国光リアル無限
2019ARTAナカジマ国光リアル無限

※1 2015年からカーナンバーを64に変更
※2 チームホンダレーシングでのエントリー

ARTA #8

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001998年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在※

※ 2005年・2006年はチームホンダレーシングとして童夢と同チームでのエントリー

ARTA正式名称オートバックスレーシングチームアグリは、1998年・1999年に日産系チームとしてスカイラインGT-Rで、全日本GT選手権GT500クラスに参戦を開始しました。

2000年からホンダ系チームとなり、2005年・2006年は童夢とともにチームホンダレーシングとして参戦したこともありました。

GT300クラスにも2001年より参戦を開始し、現在もGT500・GT300両クラスのトップチームとして活躍しています。

ナカジマレーシング #64(#32)

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001998年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在

日本人初のフルタイムF1ドライバーである中嶋悟氏が代表を務めるナカジマレーシングは、現役時代から関わりの深いホンダ系チームとして、1998年から全日本GT選手権へ参戦を開始します。

全日本GT選手権時代は強豪チームとひとつでしたが、スーパーGTになった2005年にダンロップタイヤユーザーになり、それ以来下位チームになってしまいました。

F1ブーム世代の私にとって中嶋悟氏のチームは特別な存在のため、また上位で戦うことを懇願しています。

【レーシングチーム紹介】第2弾 Nakajima Racing(ナカジマレーシング)

2019年4月28日

チーム国光 #100

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001994年〜2004年
スーパーGT GT5002005年〜現在

伝説のライダーでありレーシングドライバーであった高橋国光氏が率いるチーム国光は、1994年第3戦からポルシェで全日本GT選手権に参戦します。

1996年、ホンダが本格参戦する前にルマン用NSXを改造し参戦し、以来ホンダとともに2019年現在もスーパーGTに参戦を続けています。

元F1チャンピオンのジェンソン・バトン選手とホンダのエースドライバーである山本尚貴選手が所属していることから、現在ホンダのエースチームと言えるでしょう。

【レーシングチーム紹介】第6弾 TEAM KUNIMITSU(チーム国光)

2019年7月17日

リアルレーシング #17

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT500参戦無し
スーパーGT GT5002007年〜現在

DTMに参戦した唯一の日本人レーシングドライバーである金石勝智氏が代表を務めるリアルレーシングは、2007年よりホンダのマシンでスーパーGTに参戦し現在に至ります。

チーム無限 #16

2019年8月 スーパーGT 第5戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001998年〜2003年※
スーパーGT GT5002017年〜現在

※ 1999年〜2002年は無限×童夢プロジェクトとして童夢と同チームでのエントリー

1998年から2003年までホンダのエースチームとして全日本GT選手権GT500クラスに参戦し、チャンピオンも獲得します。

ちなみに1999年から2002年は『無限×童夢プロジェクト』という名前で、実際には別のチームとして運営していましたが、チームズタイトルのために2台体制というカタチでエントリーしました。

母体がM-TECとなった2004年からはGT300へクラス替えします。

2016年末、ドラゴコルセの撤退を受けて、翌2017年より無限がスーパーGT GT500クラスへ復帰しました。

童夢 #18

2012年11月 JAF GP 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT5001997年〜2004年 ※1
スーパーGT GT5002005年〜2014年 ※2

※1 1999年〜2002年は無限×童夢プロジェクトとして無限と同チームでのエントリー
※2 2005年・2006年はチームホンダレーシングとしてARTAとどうチームでのエントリー

日本のレーシングコンストラクターとして世界にも名を知られた童夢は、1997年に全日本GT選手権にエントリーします。

2台体制のトムスやニスモに対抗するため、1999年から2002年までは『無限×童夢プロジェクト』として無限と同チームでエントリー、スーパーGTと名称を変えた2005年から2006年までは『チームホンダレーシング』としてエントリーをしているところから、常にホンダのエースチームだったことが伺えます。

しかし2014年を最後にスーパーGTを惜しまれつつ撤退しました。

ドラゴコルセ #15

2016年5月 スーパーGT 第2戦 富士スピードウェイ
カテゴリー活動期間
全日本GT選手権 GT500参戦無し
スーパーGT GT5002015年〜2016年

ドラゴコルセはホンダのエースドライバーだった道上龍選手が2014年に設立したチームで、2015年と2016年にスーパーGT GT500クラスに参戦しました。

2018年からは代表の道上龍選手自身がハンドルを握り、GT300クラスに参戦しています。

最後に

全日本GT選手権からスーパーGTと1994年からの長い歴史の中で、様々なチームが去って行き、現在のスーパーGTは洗練しプロフェッショナルなチームだけが生き残り戦います。

今年2019年にはDTMとの交流戦が始まり、この先さらに上のチーム運営が求められる時代がやってきますが、既存のチームには是非とも頑張っていただき、F1をも凌ぐ素晴らしいレーシングチームに発展していってもらいたいと私は願っています。

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。

スーパーGTを撤退した6つのGT500チーム

2019年11月15日

スーパーGT GT500 データベース【2019年終了時点】

2019年1月5日

全日本GT選手権 GT500(GT1) データベース

2019年3月20日

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モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。 一眼レフデビューは2001年頃、CANON EOS7(フィルム機)。腕に覚えは全くないが、年数だけはそこそこ長い。 【一眼レフ遍歴】 CANON EOS 7 → CANON EOS kiss N → CANON EOS 60D → CANON EOS 7D MarkⅡ → CANON EOS 5D MarkⅣ & SONY α7R Ⅲ 【所有カメラ】 CANON EOS 5D MarkⅣ SONY α7R Ⅲ SONYサイバーショット DSC-RX1R 【所有レンズ】 CANON EF100mm-400mm f/4.5-5.6L IS Ⅱ USM CANON EF70-200mm f/2.8L IS Ⅱ USM CANON EF24mm-70mm f/4L IS USM CANON EF50mm f/1.2L USM CANON EF85mm f/1.4L IS USM SONY FE24-105mm F4 G OSS