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スーパーGT/JGTC GT500チームのタイトルスポンサーを務めた11のオイルブランド

BP(ビーピー)

BPカラーのチームクニミツ(1995年)
写真提供:Mさん
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  • チームクニミツ(1995年)

イギリスに本社を置くBPは、全日本GT選手権黎明期の1995年に1年だけタイトルスポンサーを務めた実績がある。

サポートをしたのはチームクニミツ。

当時はホンダが全日本GT選手権に参戦する前で、チームクニミツはポルシェターボを走らせており、そのマシンにはグリーンとイエローのBPコーポレートカラーで塗装され、マシンのボンネットとドアにはお馴染みのロゴが描かれていた。

土屋圭市と高橋国光
写真提供:Mさん

ちなみに当時は高橋国光選手と土屋圭市選手という師弟コンビで参戦をしてたんだよね。懐かしい!

JOMO(ジョモ)

JOMOカラーのニスモ(1995年)
写真提供:Mさん
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  • ニスモ(1995年)

かつて日本のいたるところにあった、あのグリーンのガソリンスタンドを展開していたJOMOブランド。そのJOMOも全日本GT選手権でタイトルスポンサーを務めていた。

ちょっと懐かしいこのJOMOカラーのR33 GT-Rはカーナンバーで戸惑ってしまうが、じつは名門ニスモのマシン。しかし1995年の1年のみで、ニスモのタイトルスポンサーを降りている。

GTでは珍しいグリーンのカラーリングのこのマシンを、もっと長く観させてもらいたかったと個人的には思うのだが・・・。

IDEMITSU(出光)

写真提供:Mさん
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  • 東名スポーツ(1995年)

出光といえば4輪モータースポーツのスポンサーとしてはあまり記憶にないのだが、1995年に全日本GT選手権のタイトルスポンサーを務めていた。

まあ、タイトルスポンサーと言っていいのか少し疑問に残るのだが、『マツダコレクション出光ポルシェ』とマシン名に名前が入っていたので・・・。

出光がサポートしたのは現在はGT300クラスに参戦する名門東名スポーツ。

当時はGT1(現:GT500)クラスに参戦していた東名スポーツのポルシェに、やや小さくではあるがバンパーとリヤウイングに出光の文字と(ちょっと不気味な)アポロさんの顔のロゴが掲げられていた。

うーん、タイトルスポンサーとして紹介するにはじつに微妙なのだが・・・。

まとめ

今回はスーパーGTとその前身である全日本GT選手権でタイトルスポンサーとして参戦した11のオイルブランドを紹介してみたが、まとめると以下のとおりになる。

ブランド参戦時期チーム
MOTUL2003-ニスモ、無限、NDDP
Castorol1995-2002トムス、セルモ、無限、ニスモ
ENEOS2008-2015、2021-ルマン、ルーキー
WAKO’S2016-2020ルマン、ルーキー
PETRONAS2008-2015トムス
Mobil1998-2003、2006ナカジマ、ルマン
ESSO1998-2005INGING、ルマン
Pennzoil1998-1999、2001ニスモ
BP1995クニミツ
JOMO1995ニスモ
IDEMITSU1995東名

こうして見てみるとあらためてスーパーGT(と全日本GT選手権)は黎明期からオイルブランドマネーにより支えられていることがわかる。

そんなオイルブランドを身に纏ったマシンたちはどれも色鮮やかで、じつにカッコいいカラーリングだと思う。

近年は冒頭で書いたとおり電動化の流れと若者のクルマ離れの影響で、業界にとっては厳しい状況だと思うが、今後もぜひスーパーGTを応援してもらいたいと思ってやまない。

そしてモータースポーツファンのひとりとして、スーパーGTにサポートをしてくれているガソリンやオイルを使って、少しでも恩返しをしようとあらためて心に決めた。

以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

追記

1990年代のタイサンのSTPや2000年代のセルモのFK/マッシモなど、他にもタイトルスポンサーを務めたオイルメーカーがありました。

もしかしたらまだあるかもしれないので、ぜひコメントで教えてください。

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奥が深いモータースポーツ撮影の世界
MOTORSPORT撮影術

モータースポーツ撮影歴18年。腕に覚えは全く無いが、知識だけは豊富なワタクシぴぴが、レース撮影について偉そうに解説します。




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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。